
正月明けから、深夜にINDEXページのリンク修復作業を少しずつしていたら、BGMの合い間にヌエ(トラツグミ)の鳴く声が聞こえてきた。最初は、坂を下る自転車のブレーキ音かと思っていたが、規則的にいつまでも聞こえるし、日付が変わった真夜中なのでヌエ(トラツムギ)の声だと気づいた。冬になり山から低地に下りてきて、下落合に立ち寄ったのだろう。下落合の森にはフクロウも確認されているようだし、ヌエがいてもおかしくない環境だ。
その昔、横溝正史の映画だったろうか、「鵺(ヌエ)の鳴く夜は恐ろしい」というキャッチフレーズがあったけれど、午前2時近くにURLの張りなおし作業をしながら、ヌエの鳴き声を聞いているのは、「オレ、なにをしてるんだ?」と、わが身を顧みて確かに恐ろしいことにちがいない。
その昔、横溝正史の映画だったろうか、「鵺(ヌエ)の鳴く夜は恐ろしい」というキャッチフレーズがあったけれど、午前2時近くにURLの張りなおし作業をしながら、ヌエの鳴き声を聞いているのは、「オレ、なにをしてるんだ?」と、わが身を顧みて確かに恐ろしいことにちがいない。

さて、以下のINDEXページに掲載している、すべての拙記事のURLは張りなおしが完了した。これらのページをポータルに、任意の記事へジャンプしてご覧いただけるようになったので、改めてご報告がてら更新したしだい。もし、なにかお気づきの点があれば、ご連絡をいただきたい。
ただし、So-net時代に書いた古い記事の、ページ本文中に設定していたリンクは、いまや数千ヶ所にもおよぶので、残念ながらそれらをすべて設定し直すのは、いくら時間があっても足りないので実質的に不可能だ。そこで、「どうしても以前のように、ページ内からリンク先の当該ページへ飛べなきゃダメ!」とか、「INDEXページで当該記事を見つけるのは面倒でキライ!」とか、または「Googleやブログなどの検索窓に複数ワードを入力して探すのは疲れるしヤダ!」という方のためにw、ちょっと“裏ワザ”的で単純な操作をご紹介しておきたい。少し面倒な操作だけれど、慣れてしまえば古い元記事から正確にリンク先をたどることができる。
So-netブログ時代のリンクが廃止されたといっても、当時のURLの一部が実はSeesaaブログへそのまま引き継がれて設定されているのにお気づきだろうか? So-net時代に設定されたページURLのドメイン部分、つまり「http://chinchiko.blog.so-net.ne.jp」はもちろん廃止され消えてしまっているわけだが、記事のURL末尾に含まれていたアップロードの日付けは、そのままSeesaaブログの新しいURLへと継承されている。
つまり、ブラウザの上部に表示される古い時代のURLに、Seesaaブログのドメイン+フォルダ名をそのまま単純にかぶせ、末尾に「.html」を付け加えてあげれば、リンク切れになった昔の古い記事でも、わざわざ検索エンジンで面倒な遠まわりをして探さず、すぐにも読むことができるのだ。以下、具体的な昔の記事例を挙げて、その方法を実際にやってみよう。
So-netブログ時代のリンクが廃止されたといっても、当時のURLの一部が実はSeesaaブログへそのまま引き継がれて設定されているのにお気づきだろうか? So-net時代に設定されたページURLのドメイン部分、つまり「http://chinchiko.blog.so-net.ne.jp」はもちろん廃止され消えてしまっているわけだが、記事のURL末尾に含まれていたアップロードの日付けは、そのままSeesaaブログの新しいURLへと継承されている。
つまり、ブラウザの上部に表示される古い時代のURLに、Seesaaブログのドメイン+フォルダ名をそのまま単純にかぶせ、末尾に「.html」を付け加えてあげれば、リンク切れになった昔の古い記事でも、わざわざ検索エンジンで面倒な遠まわりをして探さず、すぐにも読むことができるのだ。以下、具体的な昔の記事例を挙げて、その方法を実際にやってみよう。

たとえば、「佐伯祐三のイーゼルは現存している」という、2009年12月27日にアップした記事がある。So-net時代に書いたずいぶん古い記事だが、当然、文中に設定されたClick!のリンク先はSo-net時代のままなので、関連記事にジャンプして読むことができない。
例を挙げると、文中に書かれた相馬邸の「『黒門』の移築Click!」をクリックしても、ブラウザによって表示はさまざま異なると思うが、下の画面のように「このサイトにアクセスできません」(Google Chrome)や、「申し訳ございません。このページに到達できません」(Microsoft Edge)などの一文が表示されて、リンク先に設定されている昔の「黒門」記事にはたどり着けない。
例を挙げると、文中に書かれた相馬邸の「『黒門』の移築Click!」をクリックしても、ブラウザによって表示はさまざま異なると思うが、下の画面のように「このサイトにアクセスできません」(Google Chrome)や、「申し訳ございません。このページに到達できません」(Microsoft Edge)などの一文が表示されて、リンク先に設定されている昔の「黒門」記事にはたどり着けない。



そこで、古いSoーnet時代のURLの部分に注目していただきたい。廃止されたSo-net時代のリンク先を見ると、下のようなURLになっていると思う。つまり、リンクが切れた先の当該の「黒門」記事は、いまから17年前の2009年6月24日にアップされていたことがわかる。そこで、次のように古いURLへSeesaaブログのドメイン部をコピーしてかぶせてあげ、さらに末尾に「.html」(ドット・エイチティーエムエル)を追加すれば、移行したあと新たにSeesaaブログ内へ収容されている、リンク先に設定されていた「黒門」記事へとジャンプすることができるのだ。


Seesaaブログのドメインを直接、そのままブラウザの上部のURL表示へコピー&ペーストし、末尾に「.html」を付けるだけで、リンク切れになっている記事へジャンプすることができる。
http://chinchiko.blog.so-net.ne.jp/2009-06-24 (ジャンプ先のリンク切れ記事)
▼
https://tsune-atelier.Seesaa.net/article/2009-06-24 (Seesaaドメイン部をコピー&ペースト)
▼
https://tsune-atelier.Seesaa.net/article/2009-06-24.html (末尾に「.html」を付加)
すると、文中ではリンク切れになっていた、「下落合からたどる『黒門』物語。(上)」の記事(下画面)を、すぐに表示させることができる。ブログやGoogleの検索窓から記事を探すより、こちらのほうが圧倒的に早いケースもあるので、お困りの際にはぜひお試しいただきたい。
http://chinchiko.blog.so-net.ne.jp/2009-06-24 (ジャンプ先のリンク切れ記事)
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https://tsune-atelier.Seesaa.net/article/2009-06-24 (Seesaaドメイン部をコピー&ペースト)
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https://tsune-atelier.Seesaa.net/article/2009-06-24.html (末尾に「.html」を付加)
すると、文中ではリンク切れになっていた、「下落合からたどる『黒門』物語。(上)」の記事(下画面)を、すぐに表示させることができる。ブログやGoogleの検索窓から記事を探すより、こちらのほうが圧倒的に早いケースもあるので、お困りの際にはぜひお試しいただきたい。

さて、リンクの再設定を繰り返していたら、昔の拙記事をついつい読んでしまった。そこには、すっかり忘れていたテーマもあれば、深掘りしたい課題、いまならこうは書かないだろうなと思われる記事などが散見された。けれども、長く取材や調査を重ねに重ねたうえで、現在につながる記事が書けているわけだから、そのプロセスはやはり認識経路や思考過程の記録なので、いまとなっては恥ずかしい文章もあるけれど、そのままソッと残しておきたいと思う。
最後に余談だが、リンクの再設定という退屈で単純な作業のため、BGMとしてJAZZを聴きながら作業を進めることにした。ただ漫然と聴いていても面白くないので、Miles DavisがCBS/Columbiaレーベルへ録音し、これまで発売された全アルバム『The Complete Columbia Album Collection』(1949年5月から死後の2009年までの全66枚でブートレグは除外)を、いちばん古い『IN PARIS FESTIVAL INTERNATIONAL DE JAZZ』(1949年)から聴きはじめ、年代順にどこまで聴けるかを試してみた。(退屈な作業には、こんな気晴らししか思いつかなかった)
最後に余談だが、リンクの再設定という退屈で単純な作業のため、BGMとしてJAZZを聴きながら作業を進めることにした。ただ漫然と聴いていても面白くないので、Miles DavisがCBS/Columbiaレーベルへ録音し、これまで発売された全アルバム『The Complete Columbia Album Collection』(1949年5月から死後の2009年までの全66枚でブートレグは除外)を、いちばん古い『IN PARIS FESTIVAL INTERNATIONAL DE JAZZ』(1949年)から聴きはじめ、年代順にどこまで聴けるかを試してみた。(退屈な作業には、こんな気晴らししか思いつかなかった)
BE-BOP革命期からクール、ハード・パップ、モード(フリーは含まず)、エレクトリック(ファンク)、そして現代へとつづくコンテンポラリーJAZZへとたどり、およそ戦後60年余にわたるJAZZを概観(聴)できる気晴らしBGMだったのだが、深夜とあって書斎に置いた小型のオーディオ装置の音量をかなり絞らざるをえなかったのが残念だ。作業しつつ、1949年から聴きつづけた結果、10日め、つまりいま聴いているのは『DARK MAGUS』(1974年)の2枚目。結局、Columbiaレーベルでの最後の録音作品である『AURA』(1985年)までたどり着かずに、ようやく作業を終えた。
◆写真上:下落合の丘上から眺めた、冬の夕暮れにみる富士山。(撮影:武田英紀様)
◆写真中:冬になると、山から街へとやってくるヌエ(トラツグミ)。(「三鷹市役所」サイトより)
◆写真中:冬になると、山から街へとやってくるヌエ(トラツグミ)。(「三鷹市役所」サイトより)
◆写真下:紙ジャケットCDに興味津々なうちのネコで、ときどきかじってるから油断ならない。
★おまけ1
ついでに、『The Complete Columbia Album Collection』には画家としてのマイルス・デイヴィスも、フランスのFrédéric Goatyの解説により紹介されているので、その作品を2点ほど。
★おまけ1
ついでに、『The Complete Columbia Album Collection』には画家としてのマイルス・デイヴィスも、フランスのFrédéric Goatyの解説により紹介されているので、その作品を2点ほど。



★おまけ2
先日、江古田を散歩していたら、かつて第一文化村にあった水道タンクによく似た、背の高い塔状の水道タンクを見つけた。工事中の透明養生越しなので、ピンボケなのが残念だが雰囲気は伝わるだろうか。目白文化村の水道タンクは、もう少し直径が大きく大容量だったように見える。
先日、江古田を散歩していたら、かつて第一文化村にあった水道タンクによく似た、背の高い塔状の水道タンクを見つけた。工事中の透明養生越しなので、ピンボケなのが残念だが雰囲気は伝わるだろうか。目白文化村の水道タンクは、もう少し直径が大きく大容量だったように見える。



この記事へのコメント
pinkich
落合道人
しばらく、ブログのことは忘れていました。w 軍隊が侵略して領土を強奪する植民地主義(帝国主義)から、20世紀後半には経済で他国をしばる新植民地主義の時代をへて、ふたたび剝き出しの暴力(戦争)による21世紀型帝国主義へと回帰しているような情勢に見えますね。
最近、『無思考国家』(白馬社)と『「日本スゴイ」の時代』(朝日新書)を読んだのですが、昭和10年代の社会にソックリなのが透けて見えて不気味です。目先の利害や感情だけで、先行きを思考・想像しない(できない)人間が増えつづけ、結果、政治思想や社会観がどんどん単純化(暗黒化)され、勇ましいスローガンやウラ取りもできないフェイク情報に流されて、現実とははるかに乖離した状況が見えにくくなり、引いては国際間の軍事的緊張へ不用意に踏み込んでいく……という、戦後にさんざん語られたあの流れです。
このブログにも何度か書きましたけれど、ようやく15階までしかとどかない消防署のハシゴ車が、ほんの数台しかない現状で、20階建て以上のマンションを建てる意味を問うと、しかも大地震の際はハシゴ車も来なければ水も出ないことを予測した途端に、思考停止に陥るあの感覚でしょうかね。香港での高層ビル火災を目にしても、自身のあるいは自社の課題として危機感を引き寄せられない、あの無思考・無感覚状態です。