
すでに屋敷の建てかえが、かなり進んでしまった第三文化村の中で、おそらく開村当時とまったく変らない風情を保っているのがO邸周辺の緑地帯だ。O邸自体も、建物が前面に増改築されただけで、ほとんど大正期の面影をそのまま今に伝えている。
わたしが70年代の半ばに、初めて第三文化村を訪れたときにも、O邸のお屋敷はひときわ目立っていた。それは、武蔵野原生林をうまく取り入れ、手入れがゆきとどいた庭木を配した邸宅のデザイン全体が、とても洗練されているように感じたからだ。当時は、敷地を囲むように真っ白な木製の垣根が連なっていて、その白さがいつ見ても変らなかったところをみると、こまめにペンキを重ね塗りされていたに違いない。門から玄関まで15mほどもあったろうか、和洋折衷のどこかロッジ風の古い建物も、たいへんしゃれた印象だった。
現在は、古い屋敷の前面に2階建ての新しい家が増築されているが、玄関の扉や窓枠など、古い屋敷のものを活用しながら建てられたようで、旧屋敷に対する愛着が強く感じられてとても好ましい。この増築があったぶん、現在では玄関までが10mほどに短くなっている。
また、このO邸をすぎた西坂の手前左手にも、こんもりとした森がそのまま残っている。お屋敷自体は森に隠れて見ることはできないが、涼やかな竹林と和風の門構えから、純和風建築の邸宅だと想像できる。このお宅をすぎると、すぐ左手に西坂公園があり、そのまま西坂を下っていくと下落合駅へと抜けることができる。


うっそうとした森の中に建つO邸。この一画だけがまるで別世界のように、文化村がそのまま息づいている。(方向①②③)増築した屋敷の背後には、ひっそりと大正期の旧宅が見えている。この和風建築の前面に、ロッジ風の屋敷(1階建て)があった。できるだけ風情を壊さないように配慮する、お住まいの方の心遣いが強く感じられる。

O邸をすぎるとすぐ右手に、やはり樹木が密生した一画が見えてくる。(写真左/方向④) 屋敷森がうっそうとしていて、道路側から家屋を直接見ることはできない。濃い竹薮が繁り、10mほど入ったところに、瀟洒な和風の門がかろうじて見える。(写真右/方向⑤) 写真左、クルマ進入禁止のガードのあるところが、区立西坂公園の入口。道なりに右手へ進むと二叉路があり、左は西坂をおりて下落合駅へ、右は霞坂から落合第一小学校、そして第四文化村方面へと通じている。
二叉路を左へ出たところにある西坂。(方向⑥) この坂の両側にも、武蔵野原生林の名残をそこここに見ることができる。左側の屋敷が大正期には徳川別邸だった現・徳川邸。この邸宅の南斜面にも、濃い屋敷森があったのだが、昨年(2004年)に土地を切り売りされたものか、斜面を削って大きなマンションが建ってしまった。
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