
前回ご紹介した谷間の道が、いわゆる本来の「不動谷」と呼ばれた谷間だが、今回からその西側にある尾根筋の道を見ていこう。「不動谷」という地名については、目白文化村拾遺の別稿「さまよえる不動谷」をご参照いただきたい。
この道は、下落合駅前から西坂をのぼり、東側にある聖母坂と平行するようにかよっている尾根筋だ。西坂をのぼり、二叉を左へと曲がれば、落合第一小学校のある第四文化村へ、さらにレンガ造りの箱根土地本社ビルを左手に見ながら、第一文化村へと出ることができた。
この尾根道の両側に並んだ屋敷も、1970~80年代にほとんどが建てかえられてしまっている。でも、一本西側の路地へ入ると、当時のままの和風住宅をいまでもいくつか垣間見ることができる。また、新しく建てかえられた家々も、どこか「目白文化村」風のデザインをしているのが面白い。それらの家々は、昔ほど敷地が大きくはないが、それでも往年の屋敷森を意識したような庭造りがなされている。人通りも多く、実質、第三文化村のメインストリートと呼んでも差しつかえないだろう。
このあたりは緑が濃く、聖母病院の敷地から眺めた第三文化村として以前に紹介したモノクロ風景写真が、ちょうどこの一帯にあたる。ほとんど屋根までが隠れそうなほど、木々に覆われた家々が多いが、現在では当時の面影そのままの屋敷は2棟ほどしか残っていない。

目白文化村の中でも、もっとも人通りが多い道のひとつ。まっすぐ行くと西坂をくだり、西武電気鉄道の下落合駅へと出られた。正面に見えている緑が、往年の屋敷森の名残りだ。(方向①) 最近建ったばかりのモダンなデザインのお宅の裏には、大正末~昭和初期の落ち着いた日本家屋がひっそりと建っている。(方向②) 第三文化村は、ほかの文化村に比べて和風建築の割合が多いように感じる。なぜかはわからないが、濃い緑に覆われていたから湿気を気にした住民が、西洋風の建築を避けたのかもしれない。空中写真のAが、この日本家屋だ。

同様に、1本路地を入ると大正末の建築が残っている。(方向③) このお宅は一見、和風建築のように見えるのだが、細かく観察してみると洋風のデザインが取り入れられている。空中写真ではBに見える家だ。手前の屋敷も新しく、やはり建てかえられてからそれほど年月が経過していない。
この記事へのコメント