下落合が気になったきっかけのひとつとして、同地を舞台にした1974年(昭和49)のドラマ『さよなら・今日は』Click!(NTV開局20周年記念作品)のことを、最初期の2004年(平成16)11月にアップした記事Click!以来、わたしは何度かつづけてここに書いてきた。コメント数もかなりの数にのぼり、気になっていた方もたくさんいらっしゃるのだろう。今年(2019年)の旧盆(藪入りClick!)の真っ最中である8月13日午後3時すぎ、場所は下落合の喫茶「小苦楽(こくら)」Click!の、1階と2階をウロウロと往来しながら、わたしはドラマの“出番”を待っていた、下落合を舞台にしたドラマの撮影現場は初めてだが、まさか自分が出演することになるとは思わなかった。
単にインタビュー番組で出演するだけなら、気が楽だし自分の言葉で自由に話せるのだけれど、インタビューに加え3つのシーンにしっかり長めのセリフもある。当然、役者はもちろん演劇の経験はゼロなのでセリフなどはまったく憶えられず(夏なので浮かれて遊び、憶えようともせず/爆!)、ノートPCにカンニングペーパーならぬセリフのテキストデータを用意して撮影にのぞんだ。わたしの役どころが、ノートPCを開いて喫茶店で原稿を書いている役どころだったからだ。それでも、自分の言葉ではない脚本家が書いたセリフは、どこかわざとらしく感じてスムーズに口にはなじまず憶えられない。そこで、まことに僭越ながら『さよなら・今日は』に出演した森繁久彌の台本Click!のように、セリフへいろいろとアカ入れ修正を加えさせていただいた。
ところが、わたしのカンニングデータを用意したノートPCは、製品名のロゴがディスプレイの背後に大きく書かれていたため急きょ却下となり、かわりに抽象的なマークしか入っていないSurfaceに変えられてしまった。ズルを考えてたわたしは、さあたいへん。そう、このドラマはNHKが制作している作品なので、企業名や製品名はすべて基本的にNGなのだ。当日は撮影が押していたのか、本番前に2時間ほどの待ち時間があったため、少しでもセリフを記憶しようとしたのがよかったのかもしれない。シーンの変更や道具立ての入れ替え待ち時間を除けば、わたしの撮影は正味40分ほどで終了した。俳優を相手にセリフをいうわたしは、きっと紅潮していたにちがいない。
ドラマは、NHKのEテレで2015年(平成27)より放送されている、4年越しの連続ドラマ『ふるカフェ系 ハルさんの休日』Click!だ。わたしのお相手「ハルさん」は、俳優・渡部豪太氏だった。舞台が古民家(近代建築)の「小苦楽」(下落合3丁目/旧・下落合1丁目542番地)だったので、わたしは番組ディレクターを下落合(現・中落合/中井含む地域)の東部Click!へご案内した。近衛町Click!から御留山Click!、林泉園の中村彝アトリエClick!へとご案内したが、このうち近衛町の目白ヶ丘教会Click!と学習院昭和寮Click!本館(現・日立目白クラブClick!)が、ドラマの台本に登場している。
ストーリーは、ハルさんが下落合を訪れ、街を散策するうち昭和初期に建てられた数寄屋の古民家(築90年余)を発見して、そこで開業している喫茶店に入り、内部を見学しながら地元の人たちと出会う……という展開だ。「小苦楽」の建物は空襲からも焼け残り、わたしは知らなかったが戦後に不二山というお茶のお師匠さん(おっしょさん・おしょさんで親しい場合はおしさん)が住んで、弟子たちに茶道(表千家)を教授していたそうだ。
わたしは、同店の開店早々に女将の瓜生美行様より茶室を含む室内を拝見していたが、建物が古くて落ち着いているせいか空気がゆったりしており、小庭を眺めながら飲むお茶の味は、近衛町の「花想容」Click!(喫茶部は閉店)にも似て、その後、落合地域の休憩ポイントとして何度か利用させていただいている。このお店を紹介してくれたのは、以前、「佐伯祐三生誕120年記念シンポジウム」Click!にご家族で参加された木下元介様だ。瓜生女将も出演されているので、いまから放送を楽しみにしている。
先ほど「紅潮していたにちがいない」と書いたが、わたしの“出番”に合わせてか、4時ごろになると続々とお客さん役のエキストラたちが現場に入りはじめた。昼間は甘味喫茶のせいか、お客さん役も女性が多い。女優さんや女優の卵さんが多いものか、みなさん美しくてきれいな方ばかりだ。そのうちの濃紺(?)の着物姿のおひとりが、「セリフがあるとタイヘンですよね」と同情してくれた。そんなウキウキ気分で“本番”に臨んだため、セリフも“楽屋裏”でマジClick!に憶えようとけんめいに悪戦苦闘し、結果、なんとかご迷惑をかけずに撮影を終えることができたものだろうか?
5時すぎより撮影をスタートし、6時すぎには終了していた。監督は黒澤明Click!か大島渚Click!ばりに、スタッフたちへ「ばっかやろ-!」「まぬけ!」「のろま!」と怒鳴りつけていたけれど、スタッフたちはニヤニヤ笑いながらセッティングしていたので、ほんとは優しい監督で撮影現場のノリかポーズのひとつなのだろう。わたしがどのシーンもテイク1~3ほどで撮り終えたせいなのか、「なんだよ、タバコを吸ってるヒマもねえじゃないか!」と、ブツブツいう声が背後で聞こえた。w ときどきドラマや映画のクランクアップで見かけてはいたが、ほんとうに花束と記念品と拍手をいただいてから、ロケ現場の「小苦楽」=旧・不二山邸をあとにした。
本番の7日前に台本(最終稿)をいただいたのだが、それを読んでいて改めて感じたことがある。ちょうど、このドラマが撮影されているさなか、わたしも映像の構成台本を書いているまっ最中だった。もちろん、ドラマではなく米国や国内で上映される、ICTシステム関連の映像だった。おもに、レベル4~5のコネクティッド・カー(いわゆる自動運転)に関する内容だが、車内のECUや配置されたIoTセンサーから、OpenFlowプロトコルの仮想ネットワーク(SDN)を通じて収集された多種多様なデータを、CGWを介して外部に設置されたAI仕様のクラウド監視マネジメント基盤とリアルタイムに連携し、クルマへ安全で最適な指示だし(操作命令)をする……という、Society 5.0では大前提として企画されているモビリティ環境(いわゆるCASE)のテーマだ。
昨年の仕事でも感じたのだが、映像作家やディレクターが頭の中で構成するシナリオと、わたしが構成するテキスト台本との間には、いつも少なからず齟齬が生じることになる。わたしの頭の中はテキストの集積で構築・構成されているが、映像作家やディレクターの方はもっとも効果的なイメージの集積と展開で構成されている。だから、テキストで構成された台本は、読めば順序だててわかりやすく感じるのだが、それを音声と映像で表現する場合には、まったく事情が異なってくるのだ。特に映像が完成したあとの作品を観ると、「なるほど」と納得するシーンがいくつもあった。
この感覚は、昨年(2018年)5月に美術家の方にご協力いただいた前述の佐伯祐三Click!生誕120年記念シンポでも、強く感じたことだ。こちらは映像ではなく、パワポを使ったスライドショーのシナリオづくりだったが、美術家の方は次々と湧きあがるイメージの展開でスライドを構成したけれど、わたしはアウトラインのストーリーを前提にテキストの集積で順序だてながらシナリオを考えていった。だから、双方がその流れを突き合わせてみたとき、イメージが先行する思考とテキストが先行する思考とであい入れず、収拾がつかなくなりそうになった。わたしのテキスト頭は、イメージが先行する思考の方には理屈っぽくてまだるっこしく、饒舌でクドく感じられたのではないだろうか。今回のドラマの台本を拝見したとき、テキスト頭のわたしは改めてそのことを痛感したしだいだ。
戦後、「小苦楽」の古民家に住んでいた茶道の不二山という方、茶道具には「不二山」(楽焼白片身変茶碗)という作品もあるので本名かどうかは不明だが、この地域をドリルダウンするうちになにか発見したら、改めて書いてみたいと思う。そういえば、下落合には関東大震災Click!や東京大空襲Click!の直後からだろう、清元や常磐津など三味のお師匠さんClick!や浮世絵の刷師など、(城)下町Click!の人たちが多くやってきては住んでいる。
◆ドラマ『ふるカフェ系 ハルさんの休日』 下落合編
・2019年9月12日(木) PM9:00~ NHK Eテレ(地上D/2ch)
・毎週木曜 午後9時/再放送:毎週水曜 午後0時25分
余談だけれど、保存運動がつづく上鷺宮の三岸好太郎・節子アトリエClick!(1934年築/国登録有形文化財)も、月に何日かカフェを開催しているようなので、このドラマにはぴったりな舞台ではないだろうか? 同アトリエは、美術(独立美術協会Click!)や建築(設計・山脇巌Click!/バウハウス様式)をめぐる物語が数多く眠る宝庫のひとつだ。
◆写真上:「小苦楽」の庭で、左側に見えている躙り口が数寄屋。手水が「花想容」の藤田邸Click!とそっくりで、地中には水琴窟Click!が隠れているのではないか。
◆写真中上:暖簾の下がった「小苦楽」の入口(上)と室内(中)、そしてネコ(下)。大正期から大久保作次郎アトリエClick!の南庭へとつづく、路地の左手に位置する。
◆写真中下:上・中は、1945年(昭和20)4月2日の第1次山手空襲直前にF13Click!から撮影されたのちの不二山邸と1947年(昭和22)に撮影された同邸。下は、1980年代の「住宅明細図」(下落合1~4丁目)に収録された不二山邸。
◆写真下:上は、躙り口から点前座のほうへ向いた茶室内。中は、黒蜜で甘みが調節できる「小苦楽」のあんみつ。下は、クランクアップの花束と記念品。左側にいるのは、御留山でスカウトしてきた洋種が混じるキバが大きなオトメオオヤマネコClick!(♀/2歳)。
この記事へのコメント
NO14Ruggerman
非常に楽しみです(^。^)
ChinchikoPapa
ChinchikoPapa
ChinchikoPapa
ChinchikoPapa
ChinchikoPapa
ChinchikoPapa
棒読みセリフの部分は、あまりにひどいのでカットされているかもしれません。w 最初はインタビューだけだと思ってお引き受けしたのですが、恥ずかしい限りですね。
ChinchikoPapa
ChinchikoPapa
skekhtehuacso
ChinchikoPapa様の雄姿を楽しみにしております。
ChinchikoPapa
ますます、恥ずかしい限りです。こんな記事を書いてしまった手前、棒読みセリフがみっともなくて全面カットになていませんよう。(汗)
ChinchikoPapa
ChinchikoPapa
Marigreen
テキスト頭とイメージが先行する撮影側の思考が違うという分析は面白かったです。流石ですね。転んでもただは起きないとはこの事ですね。
ChinchikoPapa
「雄姿」などではなく「遊姿」ですが、もう一度記事をちゃんとお読みください。テレビ東京の女性アナについて書いたのはひとつ前の記事で、この記事にテレビ東京はどこにも登場していません。
ChinchikoPapa
ChinchikoPapa
Marigreen
忘れはせんとは思うけど、忘れていなかったら夫婦で揃って見ます。
ChinchikoPapa
(爆!) 連れ合いは、まちがえてはいないと思うのですが。^^;
ChinchikoPapa
ChinchikoPapa
ChinchikoPapa
Marigreen
ChinchikoPapa
お嬢さんは、ここの記事を読んでくださっているとか。今度、よくお礼をいっておいてください。
ChinchikoPapa
skekhtehuacso
大活躍でしたね。
棒読みどころか、むしろ流暢でしたよ。
恐れ入りました。
NO14Ruggerman
主役級でした、スゴいですね。
ブログも紹介されて全国に轟きました!
私も下落合に住んでいることを誇りに感じました^ ^
東左馬之助
ChinchikoPapa
ChinchikoPapa
元・演劇畑の連れ合いからは、早口で「間」の取り方がうまくないと、ダメ出しをくらってしまいました。^^;
ChinchikoPapa
まったく、お恥ずかしい限りです。ふだん、あんなふうに見えているんですね。台本の構成とは異なり、前後が逆に編集されてました。最初、建築家の方のお話が入る構成のようでしたが、近衛町や目白文化村つながりで、わたしが前にきたものでしょうか。
ChinchikoPapa
恥ずかしいですが、お褒めいただいてたいへん光栄です。せっかちのせいか、確かにペラペラ早口でしたね。もっと落ち着いて、ゆっくりしゃべればよかったと思います。(反省)
通りすがりの山本
全国へデビューおめでとうございます~。
今後の活躍が楽しみです。出演依頼が殺到するかも?
ChinchikoPapa
やはり、しゃべるよりも文章を書いているほうが性に合っていますね。せいぜい、仕事でプレゼンテーションをするぐらいがちょうどいいでしょうか。^^;
ChinchikoPapa
ChinchikoPapa
M2
ChinchikoPapa
わたしは同番組をほとんど観ておらず、総集編と9月5日の放送で改めて視聴し、ようやく番組の雰囲気やテンションをつかみました。……が、すでに撮影は8月に終わってましたので、あとの祭りでしたね。恥ずかしいので、当分、近所は下を向いて歩かなければなりません。w
アヨアン・イゴカー
興味深いです。
私は、敢えて言えば、映像、イメージ、音楽であるような気がします。
古田宙
ChinchikoPapa
おそらく、若いころから原稿を書くことの多い仕事をしてきたせいか、「職業病」なのかもしれません。ここの記事でも、たまにビジュアルを中心に構成しようと試みるのですが、最終的にはテキストを優先した文脈上に、適宜ビジュアルを並べていく……というような結果になってしまいます。
ChinchikoPapa
当初はコーヒーがなく甘味喫茶だったため、わたしも出かけにくかったのですが、現在は「昼の部」にコーヒーがあるようですね。「夜の部」では、アルコールも飲める料理屋になっているようです。
ChinchikoPapa
サンフランシスコ人
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黒澤明のわが青春に悔なし....1/15 ロサンゼルスで上映...