関東大震災の「土産」「贈物」グラフ誌。

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 1923年(大正13)9月1日に起きた関東大震災Click!のあと、東京を中心に被災地見物の観光旅行が流行った様子が記録されている。こちらでも、物見遊山で被災地を訪れる観光客に、違和感をおぼえたらしい竹久夢二Click!のエッセイをご紹介Click!していた。そのような観光客相手に、記念絵はがきや写真集が出版され、当時の新聞には盛んに広告が掲載されている。
 そのコピーを読むと、地方への「土産」や「贈物」として最適……といった、今日の感覚では考えられない、被災者の心情を逆なでするような表現もめずらくしない。これらの写真を撮り、印刷をして販売していたのは、大震災の被害が比較的少なかった乃手Click!や郊外の出版社、または東京地方ではなく別の地方にある出版社が主体だった。
 もちろん、新聞社も画報(グラフ誌)などを通じて、写真集のような仕様の出版物を刊行していたが、市街地にあった新聞社や印刷・製本工場のほとんどが壊滅しているため、大震災の直後に出版できたところは稀だ。それらは、出版機能が回復した同年の10月下旬以降が多く、被害をあまり受けていない乃手や地方の出版社に比べると、およそ1ヶ月遅れで発行されたものが多い。
 東京市内でいえば、たとえば大正当時は本郷区駒込坂下町(現・千駄木2~3丁目)に社屋があった大日本雄弁会講談社(現・講談社)や、赤坂区丹後町(現・赤坂4丁目)にあった東京写真時報社、小石川区大塚仲町の歴史写真会など、火災が発生せず被害があまりなかったか軽微な地域にあった出版社だ。また、東京地方を離れると関西方面、特に大阪地方の出版社が多く、たとえば大阪市東区大川町の関西文藝社などが、記者とカメラマンを東京に派遣し被災地を次々と撮影してまわっている。
 震災から間もない同年9月23日には、被災地の取材や撮影を終え早くも印刷・製本を進めていた、大日本雄弁会講談社が発行元のグラフ誌『大正大震災大火災』は、横山大観に装丁を依頼し、同日の東京朝日新聞紙上で大々的に予約注文を募集している。そして、9月下旬には書店に並ぶと予告しているが、3日後の9月26日発行の読売新聞に掲載された広告では、「目下印刷中十月一日発売」と、印刷や製本が遅れている様子が伝えられている。おそらく、用紙やインクの手配が間に合わず、震災で印刷機の調子がかなり悪かったのかもしれない。
 余談だが、先の東日本大震災では、東北地方や関東北部にあった大手印刷工場が大きなダメージを受けている。別に工場が倒壊したり津波をかぶったわけではなく、強烈な揺れに印刷機がさらされ、メンテナンスを受けなければ印刷が不可能になってしまったのだ。ご存じの方も多いと思うが、印刷機は精密機械なので機構にわずか1mm以下のズレや狂いが生じても、もはや使い物にならなくなる。
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 さて、講談社のグラフ『大正大震災大火災』は9月下旬の発行に間に合わず、奥付には1923年(大正12)9月27日印刷、同10月1日発行となっている。そして、10月3日の新聞各紙上で大々的に販売広告を掲載している。この時点で、主要書店の店頭に平積みになったのだろう。地域によっては配送ルートが回復せず、配本が不可能だったものか講談社への予約注文も受け付けている。広告のキャッチフレーズを、少し引用してみよう。
  
 噫! 悲絶凄絶空前の大惨事! 後世に伝ふべき万代不朽の大記録成る
 読め! 泣け! 幾百万罹災同胞の上に万斛同情の灼熱涙を濺げ
 果然! 世の信望本書に集り注文殺到! 試みに店頭一瞥を給へ
 痛ましき哀話怖ろしき惨話はあはれ 涙なくして読み得ぬ一大血涙記! 老幼男女日本国民必読の名著! 各家庭必ず一本を備へよ! 永く子々孫々に伝へられよ
  
 もう大日本雄弁会講談社らしく、まるで講釈師が講談を朗々と語るかのようなキャッチが踊っている。そして、翌10月4日の新聞紙上では、グラフ『大正大震災大火災』の広告と同時に、おそらく月刊誌の復刊態勢が整ったのだろう、同社の発行する「婦人倶楽部」が10月8日に店頭に並ぶという予告が掲載されている。
 相変わらずの講談口調のまま、その予告口上を引用してみよう。
  
 婦人倶楽部十月号予告/大震火災画報血涙記
 あゝ大正十二年九月一日! この日の追憶の如何に悲きことぞ! 花の都は一朝にして忽ち死灰の原と化した。わが『婦人倶楽部』はこの大震大火の真只中に必死の努力を続け大震災後いち早く皆様に見える事が出来たのは何たる幸ひでせう この血と涙と汗の結晶たる本号は是非多くの方に見て頂き良く又永く語り草として御家庭にお伝へが願ひ度いのであります
  
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講談社「大正大震災大火災」1923.jpg 朝日19231029.jpg
 翌10月5日の読売新聞には、東京写真時報社が出版した『関東大震災画報』の小さな囲み広告が掲載されている。「類書中の白眉製本出来、九月二十九日より発売す」と、明らかに講談社の『大正大震災大火災』を意識し、同書よりも早くから出版していることを強調している。だが、講談社ほど配本ルートや取次網が整備されていなかったのか、「取次販売人至急募集」と「至急御注文ありたし(前金着次第即時送本す)」と、通信販売に力を入れている様子がうかがえる。
 10月も末になると、震災の画報や写真集はあらかた読者に行きわたったのか、広告の扱いも小さくなっていく。そして、東京の被災地をまわる観光客をめあてに、新聞紙上には小さめな広告を反復して掲載するようになった。同年10月29日の読売新聞から、広告の全文を引用しよう。
  
 地方へ海外へ絶好の贈物
 ◇地方への土産、海外同胞への無二の贈物として大日本雄弁会の『大正大震災大火災』と云ふ本が一番いいと大評判。郵便事務復興小包で送れる至極適当であるとて非常に売れる売切れぬ中至急郵送あれ(各地書店にあり)
  
 今日では、阪神・淡路大震災にしろ東日本大震災、熊本・大阪・北海道大地震などの被災地を写真に撮り、「土産」や「贈物」に最適……などと売り出したら、即日出版社は抗議の嵐にみまわれるだろうが、新聞以外にニュースを知る手段がない大正時代の当時、全国の出版社や新聞社は東京にカメラマンを派遣し、次々と同様の写真集やグラフ誌、記念絵はがきなどを出版・発行していった。
 講談社の『大正大震災大火災』は、1924年(大正13)1月に入ると累計50万部を超え、さらに増刷中の広告を掲載している。同年1月16日の東京朝日新聞には、「一挙売り尽す五十万部 増刷又増刷而も残部頗る僅少也/本書は以後絶対に増刊せず求め損つて悔を千載に残す勿れ」という広告を掲載しているので、おそらく60万部ほどは売り尽くしたのではないかとみられる。
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 現在、わたしたちが目にする関東大震災の写真は、その多くが東京地方にあった新聞社のカメラマンが撮影したり、記念絵はがきを制作するために写真館が撮ったものが多い。しかし、東京の中小出版社や地方から派遣されたカメラマンが撮影し、間をおかず写真集として出版されたものの中には、これまで見たことのない写真類が数多く収録されている。機会があれば、それらの貴重な写真類を、少しづつ紹介できればと考えている。
                                 <つづく>

◆写真上:震災直後に撮影された、大手町にある大蔵省の焼跡。中央の右手に前方後円墳の芝崎古墳Click!将門首塚」古墳Click!とみられる墳丘がとらえられている。
◆写真中上は、1923年(大正12)9月23日の東京朝日新聞に掲載された大日本雄弁会講談社の『大正大震災大火災』広告。は、同年9月26日の読売新聞に掲載された同広告。は、同年10月3日の読売新聞に掲載された同広告。
◆写真中下は、1923年(大正12)9月25日発行(実際は10月1日発行だと思われる)の大阪にあった関西文藝社による『震災情報/SHINSAIJYOHO』。は、同年10月4日の読売新聞に掲載の『大正大震災大火災』広告。下左は、『大正大震災大火災』の表紙。下右は、同年10月29日の東京朝日新聞に掲載された同書の広告。
◆写真下は、1923年(大正12)11月1日に出版された歴史写真会の『関東大震大火記念号』。中左は、同年10月5日の読売新聞に掲載された写真時報社『関東大震災画報』広告。中右は、1924年(大正13)1月16日の東京朝日新聞掲載の『大正大震災大火災』広告。下左は、1923年(大正12)10月1日発行の写真時報社『関東大震災画報』。下右は、同年10月28日発行の遅れた東京朝日新聞社『アサヒグラフ-大震災全記-』。

この記事へのコメント

  • ChinchikoPapa

    Cool Jazzに対するアンチテーゼなのでしょうが、G.エヴァンスのサウンドはフリーJazzを取りこんでも「クール」に聴こえてしまいます。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>xml_xslさん
    2018年10月24日 09:49
  • ChinchikoPapa

    TVにInternet、WiFi/FiMAX、4Gが全滅でも、ラジオ放送はどうだったのでしょう。うちでは非常用に、バッテリーラジオを備えています。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>@ミックさん
    2018年10月24日 09:51
  • ChinchikoPapa

    「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>鉄腕原子さん
    2018年10月24日 09:52
  • ChinchikoPapa

    政治と“民意”の「乖離」がいわれて久しいですが、沖縄選挙では久しぶりに「一致」した結果を見ました。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>kazgさん
    2018年10月24日 09:59
  • ChinchikoPapa

    江戸時代から明治にかけ、築地は外国人居留地として独特な西洋街を形成していましたけれど、きれいサッパリ壊して魚・青物市場にしてしまいました。残っていたら、きっとマカオの古い街角のような風情だったかもしれません。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>ryo1216さん
    2018年10月24日 10:03
  • ChinchikoPapa

    いつも、「読んだ!」ボタンをありがとうございます。>ありささん
    2018年10月24日 10:03
  • ChinchikoPapa

    きのうは雨もよいで肌寒かったですが、きょうはカラリと晴れていますね。気温も20℃を超えそうで、穏やかな秋日和となっています。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>okina-01さん
    2018年10月24日 10:11
  • ChinchikoPapa

    最近は遺品ばかりでなく、遺データも大きな課題となっていますね。ネット上のWebやストレージ上にある膨大なコンテンツを、本人が亡くなった場合、どう保存ないしは遺族の合意で処分したらいいのか、これから大きなテーマになってくると思います。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>kiyokiyoさん
    2018年10月24日 13:29
  • ChinchikoPapa

    KOシーンをTVで見ましたが、鮮やかでしたね。そのあとに行われた村田諒太の試合では、対照的に王座陥落が残念でした。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>NO14Ruggermanさん
    2018年10月24日 13:34
  • ChinchikoPapa

    橋にすえられた測量器のオブジェが、伊能忠敬の故郷・佐原らしいですね。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>kiyoさん
    2018年10月24日 22:08
  • skekhtehuacso

    “SHINSAIJYOHO”の絵は、浅草の十二階ですね。
    ご存知かもしれませんが、今年の初めに“浅草の工事現場から凌雲閣の基礎部分が偶然に発見された”という記事を読んだことがありました。
    見に行けばよかったと、いささか後悔しております。

    https://dailyportalz.jp/kiji/180214202058
    2018年10月24日 22:22
  • ChinchikoPapa

    skekhtehuacsoさん、コメントをありがとうございます。
    実は、凌雲閣の“発掘”ニュースで写真を撮りに出かけ、あわよくばレンガをひとつもらってこようと思っていたのですが、出足が遅れたせいか現場は養生に覆われて、すでに撤去されてしまいました。
    震災直後には、「十二階の上半分が崩れ、池へ墜落したけれど運よく助かった」と証言する人々がたくさん現れていますが、今日ではほとんどデマだったことが判明していますね。ひとりだけ、墜落の途中で看板だか街灯にひっかかり、生命をとりとめたという事実はあったようですが……。
    2018年10月24日 23:29
  • ChinchikoPapa

    わざわざ、「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>skekhtehuacsoさん
    2018年10月24日 23:54
  • ChinchikoPapa

    ブルーの水面に、羽ばたくカモのシルエットが美しいですね。
    「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>soramoyouさん
    2018年10月25日 00:34
  • ChinchikoPapa

    大阪湾に「岬がない」のは、なんだか意外でした。海岸線には凹凸がありそうな感覚でいたのですが、埋め立てで消滅したものもあるのかもしれませんね。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>dendenmushiさん
    2018年10月25日 10:03
  • ChinchikoPapa

    とある一部の現象を恣意的に取り上げて、それが全体の本質的な「象徴」のように位置づけ、事実とはまったく正反対の「結論」を引き出すのは、どこかの国の政治家が盛んに使っている詭弁術ですね。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>いっぷくさん
    2018年10月25日 10:13
  • ChinchikoPapa

    山梨へはたまに出かけるのですが、細い「狭小トンネル対応車両」はまだ見たことがないです。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>ネオ・アッキーさん
    2018年10月25日 10:17
  • ChinchikoPapa

    きのう、収穫したての落花生(千葉産)をいただきました。採れたてはは美味しいですね。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>水郷楽人さん
    2018年10月25日 10:22
  • ChinchikoPapa

    重ねて、「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>dendenmushiさん
    2018年10月25日 19:20
  • ChinchikoPapa

    きのう今日と、ようやく秋らしい気持ちのいい日がつづきました。昼間は暖かかったですよ。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>mayuさん
    2018年10月25日 22:35
  • ChinchikoPapa

    演劇畑の人たちが多いと、必ず歌われるのは『プカプカ』と『ヨコハマ・ホンキートンク・ブルース』でした。この2曲、コード進行とリズムがよく似ているため、弾き語りだと途中ですり替わって歌われますね。w 「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>ぼんぼちぼちぼちさん
    2018年10月25日 22:43
  • ChinchikoPapa

    マツタケが美味しい季節ですね。山椒餡というのがめずらしく、ちょっと味わってみたくなりました。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。(京都のタクシーの話は手前のリプライで)>fumikoさん
    2018年10月26日 22:17
  • ChinchikoPapa

    こちらにも、「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>アヨアン・イゴカーさん
    2018年10月28日 18:52
  • ChinchikoPapa

    こちらにも、「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>うたぞーさん
    2018年10月28日 19:04