チンチンの自力健康器を愛用する藤田嗣治。

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 昭和初期に開発されたベストセラー機器に、国民健康振興会が開発し日本・ドイツ・イギリスで特許を取得した「自力健康器」というのがある。国民健康振興会は、神田区一ツ橋1丁目の帝国教育会館内にオフィスがあり、少なからず戦前の教育界とも結びついた省庁の外郭団体(天下り機関)のような臭いがする。
 自力健康器とは、ベルトのバックルのような形状をした、スプリングで下腹部(臍下丹田)を圧迫して、下腹を使った独特な腹式呼吸を行なうための、電源レス/バッテリーレスのマニュアル装置だ。やはり、ベルト状の腹帯を使って、自力健康器を漢方のツボである臍下丹田に固定し、下腹式呼吸がうまくいくと「♪チンチン」と、内部に装備されたチャイムが鳴るらしい。逆に、呼吸がうまくいかないと「♪チンチン」の音色が聞こえないので、うまくチャイムが鳴るまでは独特の使いこなしが必要だったようだ。
 広告や使用説明書に添えられた図版では、ヘソのかなり下のほうに当ててベルトを巻くようなので、洋服を着ると下腹部がせり出し、かなり目立って邪魔だったのではないだろうか。また、内部の機構を描いたスケルトン図版では、独特な呼吸法で小さなハンマーがベルに当たるよう組み立てられており、自力健康器を装着しているときは、いつも“社会の窓”あたりから、「♪チンチン」という音色が小さく響いていたらしい。
 自力健康器の効用は、あらゆる病気が改善・治癒するとしており、末期の肺結核や癌、重症の胃潰瘍以外なら、たいがい効果が表れて治癒するらしい。「うそくせっ!」といってしまえばそれまでだが、自力健康器の特長を1939年(昭和14)に発行された、「婦人倶楽部」2月号掲載の広告コピーから引用してみよう。
  
 運動不足や病弱も五分か十分の使用で
 運動不足で困る人や、慢性の胃酸過多、胃下垂、胃拡張、便秘下痢、胃アトニー、不眠症、神経衰弱等の患者が「自力健康器」を使用してからメキメキ食欲が進み便通も整ひ、身體が肥つた、日頃心配の血圧が下り安心した、ビタミンの吸収が良く脚気も共に全快した。体質が一変して蓄膿症まで治つた、夜は不思議に安眠出来て頭痛が明快、心身共に健康になり若返つた等々全国各地から続々と礼状が寄せられ大好評大評判です。/若し「自力健康器」を三日間も使用して食欲が進まぬ人、便通が整はぬといふ方は健康器のシメ方が弱いのが原因ですから健康器をグツと強くシメて下さればメキメキ食欲が進み便通も整ひ、頭脳もハツキリするのが目に見えて判り、なるほど「自力健康器」は効くなと御満足が得られませう。
  
 広告には、慢性胃腸病が完治して筋肉がムキムキになった静岡の「田村重一郎君」をはじめ、心臓病が治ってなぜか筋肉がムキムキになった島根の「岡崎安正君」、やっぱり筋肉がムキムキになった新潟の「松井健治君」ら3人の写真が大きく添えられている。まるで、米国の通販CMを先どりしたようなビジュアルだ。
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 コピーにもあるように、「♪チンチン」と効果を上げるためには、ベルトをかなりきつく締めなければならなかったようで、効果を得られないのはベルトの「シメ方が弱い」からだとしている。そのせいか、「きつく締めたらお腹が痛くなったよう!」という苦情が殺到したらしく、自力健康器の使用説明書にはいままで使用していなかった横隔膜が、腹式呼吸で急に伸縮運動を始めたので痛む現象だから、「少しも心配はない」とわざわざ赤文字で印刷している。(そうかなぁ?)
 ただし、「普通の腹痛の場合は、無理に我慢せず治つてから使用する事」と、逃げ道の注釈を添えることも忘れていない。そう、使用説明書をよく読んでみると、なにか不都合なことが起きた場合は、「使い方が悪い」あるいは「取り扱いが誤りだ」とすぐに逃げられるよう、30項目近い注意書きが連ねてあるのだ。その挙句、「無理に使用せぬこと、何事でも無理があるといけません」などと、一般論まで注釈に添えてある。w
 自力健康器は日本国内はもちろん樺太、台湾、朝鮮、満州、上海、米国、ブラジルなど世界各地に販売代理店を展開し、1939年(昭和14)現在で174拠点の店舗で販売していた。ちなみに東京では、日本橋×2店、神田×2店、駿河台下×1店、音羽(講談社)×1店、八王子×1店の計8店舗で販売されている。
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 さて、この自力健康器の宣伝キャラクターに、この時代には「確信犯的国粋主義者」と化していた洋画家・藤田嗣治Click!が起用されている。それだけでも、帝国教育会館にオフィスをかまえる国民健康振興会が、政府機関(特に軍部?)の息がかかった組織であることをうかがわせる。広告のコピーも勇ましく、パリで藤田嗣治が「日本主義」を貫徹した(?ことになっている)様子を紹介している。
  
 生粋の日本主義  藤田嗣治画伯
 独特の生彩を有つた(ママ)画風と、お河童頭で誰れ知らぬものもいない藤田嗣治画伯は、滞仏二十有余年、一時は花の都巴里の人気を一身に掻つさらつて、日本人のために気を吐いた。/画伯の生活様式が水際立つた欧風化に、兎角西洋文化の心酔者であるかのやうに見誤られがちであるが、画伯は生粋の日本主義者でシカも柔道の有段者であると聞いては驚かされる人もあらう。/巴里の社交界に柔道を紹介したり、滞仏中の友人と共に法被会を催して、江戸前の握り寿司を食べたりして、大に日本趣味を発揮したものである。/又画伯は極めて熱心なる『自力健康器』の愛用者である事も見逃せない。画房で彩管を揮ふときにも、街頭の散歩にも、写生の旅にも、いつも『自力健康器』が画伯の臍下丹田でチンチンと美妙な音色を響かせて居る。多忙な日常の疲労を之れに依つて癒しつゝ健康を増進する目的だとの事だが、流石に画伯だけに『自力健康器』の使用から来る所謂『肚の力』を、日本精神のどこかに結び着けての愛用らしく思はれる。
  
 パリをはじめヨーロッパ各地で柔道を紹介し、道場で教えていたのは画業に忙しい藤田ではなく、おもに黒メガネの旦那こと石黒敬七Click!(柔道8段)ではなかったか?
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 自力健康器は、使用をはじめてからたった1日で、「成程効く」という「自覚を与へる所に一大特色がある」そうだ。女性も子ども(12歳以上)も使用でき、効用の中には「頭脳も明快」「百歳の長寿を保つ事が出来る」とも書かれているので、これはぜひわたしも試してみたいのだけれど、いまではどこに影をひそめたものか販売されていない。たまに、地方の旧家から見つかったらしい中古品が、ヤフオクに出品されるぐらいだろうか。

◆写真上:広告に添えられた図版で、自力健康器を臍下丹田の下腹部に装着したところ。
◆写真中上は、1939年(昭和14)発行の「婦人倶楽部」2月号に掲載された広告。は、1938年(昭和13)7月22日の「伯剌西爾時報」(ブラジル)掲載の記事。
◆写真中下は、自力健康器と外箱。は、同梱された使用説明書。
◆写真下は、30項目近くの注釈がある使用説明書。は、藤田嗣治をキャラクターに起用した1939年(昭和14)発行の「婦人倶楽部」2月号の媒体広告。

この記事へのコメント

  • ChinchikoPapa

    「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>はじドラさん
    2018年07月04日 11:45
  • ChinchikoPapa

    いまもそうかもしれませんが、昔のレコード店にはA.SeppのImpulse盤は、Coltraneがジャケットに一緒に写る作品と「骸骨」盤を除き、ほとんど置いてなかったように記憶しています。あまり売れなかったんでしょうね。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>xml_xslさん
    2018年07月04日 11:51
  • ChinchikoPapa

    いつも、「読んだ!」ボタンをありがとうございます。>@ミックさん
    2018年07月04日 11:51
  • ChinchikoPapa

    「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>鉄腕原子さん
    2018年07月04日 11:52
  • ChinchikoPapa

    ヤマザクラが咲くと、山肌全体がボーッと霞がかかったようになり、春らしい風情が味わえますね。ソメイヨシノよりも、少し遅れて咲くところが、二度の花見を楽しめるヤマザクラのいいところです。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>ryo1216さん
    2018年07月04日 11:54
  • ChinchikoPapa

    すっかり田植えが終わった風景ですね。今年の夏は暑いと聞きますから、渇水さえなければ順調な豊作年になりそうです。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>kazgさん
    2018年07月04日 11:56
  • ChinchikoPapa

    きょうは少し涼しいので、うちのネコはベランダへ出せと早朝からうるさく鳴いていました。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>okina-01さん
    2018年07月04日 11:58
  • ChinchikoPapa

    福島原発の被害が、少しずつ拡大・深化していますね。東京では先月、再び葛飾区の浄水場の放射線数値が、ピンと跳ね上がりました。東京の「ホットスポット」でさえこの状況ですから、地元ではどのようなことが起きているのか空恐ろしいです。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>siroyagi2さん
    2018年07月04日 12:05
  • ChinchikoPapa

    「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>ありささん
    2018年07月04日 13:33
  • ChinchikoPapa

    ご訪問と「読んだ!」ボタンを、ありがとうございます。>takaさん
    2018年07月04日 21:19
  • ChinchikoPapa

    「あやめの里」は残念ですね。酒ぐらい、そのまま無添加で醸されたものを飲みたいものです。いま、急いでキッチンにある料理酒を確認したのですが、秋田産の米と米麹のみの無添加で安心しました。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>skekhtehuacsoさん
    2018年07月04日 22:05
  • Marigreen

    題名だけ見てて、下品な私は、藤田嗣治が、男の一物が衰えてきたので、その方の精力を強くする為の道具を使ったという話に勘違いをしてました。本当は真面目な健康器具のことだったんですね(赤面)。
    2018年07月05日 10:06
  • ChinchikoPapa

    Marigreenさん、こちらにもコメントをありがとうございます。
    わたしも、「えっ? なになに?」という反応をねらってタイトルを付けています。(爆!) でも、臍下丹田に自力健康器を当てるということは、よほどベルトを強く締めないとズリ落ちていくわけで、散歩の途中でそうなってしまった場合、ヘンなところから「♪チンチン」と聞こえていたのかもしれず、すれ違う人から怪訝な眼差しを向けられたかもしれません。
    この「♪チンチン」という音色、実際にどんな音だったのか聞いてみたいですね。
    2018年07月05日 12:16
  • ChinchikoPapa

    熊本テクノパークは、確か「水のカーテン」と呼ばれる面白い仕掛けがあるのでしたね。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>soramoyouさん
    2018年07月05日 12:19
  • ChinchikoPapa

    水道法の一部「改正」を意識してか、水道局が各家庭の点検時にアンケートをとってますね。70年代の昔ならいざ知らず、日本の水道水は海外のものに比べて、比較にならないほど上質で美味しく、相対的に安全だと思います。(福島原発事故の課題は置いとくとして)
    また、基本的に地産地消の仕組みですので、地域人の「水が合う」環境を実現してもいますね。むしろ、この地域の水ではないペットボトルの飲料水に、「水が合わない」不安を感じてしまいます。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>いっぷくさん
    2018年07月05日 12:28
  • ChinchikoPapa

    今年は黒潮の流れが変則的なのか、相模湾のアジ類が獲れにくくなっているようですね。鎌倉の魚屋さんも、かなり高値をつけているのでしょうか。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>ネオ・アッキーさん
    2018年07月05日 12:30
  • ChinchikoPapa

    きのうから、ミンミンゼミとアブラゼミが鳴きだしました。今年は、ちょっと早い夏本番ですね。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>kiyoさん
    2018年07月05日 12:32
  • ChinchikoPapa

    いまはウィスキーがほとんどですが、その昔、新酒鑑評会のカタログが出ると味見をしていた時期がありました。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>kiyokiyoさん
    2018年07月05日 16:41
  • ChinchikoPapa

    ご訪問と「読んだ!」ボタンを、ありがとうございました。>NO14Ruggermanさん
    2018年07月06日 12:38
  • ChinchikoPapa

    こちらにも、「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>sigさん
    2018年07月09日 16:11
  • アヨアン・イゴカー

    >国民健康振興会が開発し日本・ドイツ・イギリスで特許を取得した「自力健康器
    こういう見た目には怪しい物が、特許を取得しているのですね。どの程度効果があったか知りたいものです。
    2018年07月14日 11:48
  • ChinchikoPapa

    アヨアン・イゴカーさん、こちらにもコメントと「読んだ!」ボタンをありがとうございます。
    ほんとうに効果があるかどうか、未検証のまま特許を認可していたのでしょうね。また、いまのように医療機器の効果を検証する組織や機関が未整備で、それらしい論文を付けて申請すれば通ってしまったように思います。
    2018年07月14日 12:38
  • ChinchikoPapa

    こちらにも、「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>fumikoさん
    2018年07月27日 18:07
  • ChinchikoPapa

    Apple社の製品は、AppleⅡcから2010年以降のMacノートまで、とてつもなく長いブランクがあります。Apple社のPCは、どこか自在にカスタマイズできない、枠にガッチリはめられた感覚があってちょっと苦手ですね。もうひとつ、過去のアプリケーション資産との互換性の弱さも、前世紀のアプリが最新のマシンでも動作するDOS/Windowsマシンに追いつけない要因でしょうか。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>dendenmushiさん
    2018年08月10日 22:12