負け犬のシネマレビュー(21) 『扉をたたく人』

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 見て見ぬふりをできない人たち
 『扉をたたく人』(トム・マッカーシー監督/2007年/米国)

 先日、四谷にある韓国文化院に「ハンとは何か」という講習を聴きに行った。
 なんでも韓国の韓というのは、あてるなら桓という字で、ハンという言葉には一、多、中、大、凡という5つの意味があるとか。神はひとつでなく、やおよろず受け容れるその思想は、ひとつでたくさん、まんなかへんで大きく、およそ、という、いいかげんといえばいいかげんなもの。したがって恨という漢字をあてた韓半島の感情を現す言葉も、単なる怨みではなく、いろんな意味が含まれるらしい。私はこれを、客のテーブルに水をこぼしておいて「ケンチャナヨ(大丈夫)」と笑ってすますウェイトレスに通じる適当思想と判断したが、こういういいかげんさこそ、いまみたいな時代に必要かもしれないとも思う。
 講師の金先生も言っていたが、教育や観光など文化交流のプロが必死でがんばっても破れなかった日韓の壁は、韓流ドラマとそのファンがいともたやすくぶっ壊した。まるで誤報によって崩れたベルリンの壁のように。人間も同じ。表に見せている面の下に別の面が用意されていて、それはほんのちょっとしたきっかけで表出するのだ。
 この映画の主人公である大学教授はほかにすることもないから去年の素材で今年も講義をするつもりだ。融通が利かず、やる気もないのは妻を亡くして落ち込んだ気分を引きずっているからだが、かれより忙しい教授に頼まれニューヨークの会議に出席しなければならなくなる。そこは奥さんと過ごした思い出の場所。ためいき混じりで長いあいだ留守にしていたマンションを開けると、見知らぬ住人が……というところから、物語ははじまる。
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 たいていのひとは初対面の相手に戸惑う。ひらたく言えば怖れる。海のものとも山のものとも知れない人は怖くてあたりまえ。持つ人と持たない人に分ければ、持つ者ほど持たざる者を怖れるだろう。しかし、このオジサン、戸惑いながらも怖がっていない。ここは長年教室で若者たちを見てきたからだろう。興味を持ち、ためらいながらも期待する。常に他人から見下されてきた人は当然猜疑心が強くなり、生まれ育ちに恵まれた人は物事をポジティブにとらえる。万国共通の感覚を、ありふれた風貌のリチャード・ジェンキンスがごくふつうに演じる。さすがアカデミー主演男優賞にノミネートされただけあって演技は上手いが、ジャンベ奏者のハーズ・スレイマンや、その母ヒアム・アッバス、彼女ダナイ・グリラも負けていない。ひとりの人間が一瞬にして持つ複雑に絡み合う感情を、ことばではなく顔が語る。それぞれの登場人物と、その表情には、そのときそのときのひとつではない心模様が満ちている。
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 フェラ・クティの音楽も、ジャンベの演奏も、予告編や前評判ほどインパクトはない。派手なアクションもない。人物の心理描写で魅せる。何度も見たような話なのに惹きつけられる。それは丁寧だからというほかない。一生物の家具を選ぶのに似た感覚とでも言おうか。オーギー・レンのタバコ屋みたいな店が出てくる街角や、路上で売られているモノや、売っている人…物語の背景も自然で落ち着きがあり、作った人のセンスが出ている。まさに引き算の美学。いい意味でアメリカらしくないこんな映画と、こんな目線を、ニュージャージー生まれの移民でもない、まだ若いトム・マッカーシー監督が持ち得たことに驚く。公開時の4館から270館まで拡大したというから、アメリカとアメリカ人、まだまだ捨てたものじゃないです。
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 『愛を読むひと』(2008アメリカ・ドイツ)もまた見て見ぬふりができない人の物語。お金をかけたわりにケイト・ウィンスレットの老けメイクが稚拙なのは差し引いて、ブルーノ・ガンツ扮する法科の教授が「判断は道徳的かどうかではなく合法かどうかで決まる」というセリフも聞き逃せない。
                                                                                          負け犬
『扉をたたく人』公式サイトClick!
飯田橋ギンレイホールClick! ~11月13日(金) 同時上映『愛を読むひと』
早稲田松竹Click! 11月21日(土)~27日(金) 同時上映『キャデラックレコード』
飯田橋ギンレイホールでは、駅ビルで「RAMLA×ギンレイホール シネマフェスティバル」Click!
を開催中。

この記事へのコメント

  • ChinchikoPapa

    四季折々の花々が観られる、まさに花と旅先ブログですね。w 今回は、1月~3月の花々でしょうか。nice!をありがとうございました。>takemoviesさん
    2009年11月09日 11:10
  • ChinchikoPapa

    晴れていると、いつも光と雲が美しいのは意識して撮影されているのでしょうか。見とれてしまいます。nice!をありがとうございました。>shinさん
    2009年11月09日 11:48
  • ChinchikoPapa

    アンサンブルが美しくまとまっている反面、予定“不調和”ではみ出した尖がりが影をひそめています。好みが大きく分かれる作品でしょうか。nice!をありがとうございました。>xml_xslさん
    2009年11月09日 12:00
  • ChinchikoPapa

    かわいいフクロウやミミズクたちですね。うちにも、カラス撃退用に体高60cmほどの大きなミミズク(リアル模型)がいます。w nice!をありがとうございました。>hide-mさん
    2009年11月09日 15:02
  • ChinchikoPapa

    思わぬところで「伝統」に出会うことが、確かにありますね。ある漢字の旧字がわからなかったとき、とっさに教えてくれたのは白系ロシア人でした。(汗) nice!をありがとうございました。>ナカムラさん
    2009年11月09日 15:19
  • ChinchikoPapa

    お送りいただいた会社案内を拝見したのですが、ホテルなども経営されてるのですね。規模の大きさにビックリしました。nice!をありがとうございました。>今造ROWINGTEAMさん
    2009年11月09日 15:23
  • ChinchikoPapa

    きょうは、曲の40%でクリアできました。なんだか、頭の老化防止にはもってこいのゲームです。w nice!をありがとうございました。>トメサンさん
    2009年11月09日 17:35
  • ChinchikoPapa

    そういえば、今年はシメジばかりで、マツタケはまだ口にしてませんでした。
    nice!をありがとうございました。>takagakiさん
    2009年11月09日 23:07
  • ChinchikoPapa

    恋ヶ窪の公開が、今月の15日(日)ですね。とても残念なのですが、どうしても抜けられない用事で行けなくなってしまいました。春には出かけたいですね。nice!をありがとうございました。>kurakichiさん
    2009年11月09日 23:10
  • ChinchikoPapa

    大磯のネコは、みんな美味しい魚を食べているのか、よく肥ってますね。w
    nice!をありがとうございました。>SILENTさん
    2009年11月09日 23:16
  • ChinchikoPapa

    帆立とシメジのパスタでしょうか、美味しそうですね。
    nice!をありがとうございました。>ほりけんさん
    2009年11月09日 23:20
  • ChinchikoPapa

    『The Shadow Of Your Smile』は、大好きな曲です。アストラッド・ジルベルト盤がベストでしょうか。nice!をありがとうございました。>漢さん
    2009年11月10日 10:26
  • ChinchikoPapa

    いくつになっても、ジオラマやパノラマにはあこがれてしまいます。^^
    nice!をありがとうございました。>sigさん
    2009年11月11日 12:03
  • ChinchikoPapa

    こちらにも、nice!をありがとうございました。>一真さん
    2009年11月12日 12:58
  • ChinchikoPapa

    こちらにも、nice!をありがとうございました。>たいせいさん
    2009年11月12日 23:48
  • ChinchikoPapa

    こちらにもnice!をありがとうございました。>ムネタロウさん
    2009年11月13日 12:50
  • ChinchikoPapa

    こちらにも、nice!をありがとうございました。>さらまわしさん
    2014年07月06日 21:22

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