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岡崎キイがめぐる彝死去の急報ルート。
Excerpt: 1924年(大正13)12月24日(水)の晴れた日、中村彝Click!が喀血をのどに詰まらせて急死したとき、付き添って看護していた岡崎キイはそれを知らせるために、下落合に住んでいた彝の親友たちのもとを..
Weblog: Chinchiko Papalog
Tracked: 2008-06-07 00:01
大磯山王町418番地の佐伯祐三一家。
Excerpt: 1927年(昭和2)7月の初め、朝日晃によれば佐伯アトリエClick!を建てるのに関わった大磯の大工の紹介で、佐伯一家は神奈川県中郡大磯町Click!山王町418番地へ家を借りた。大磯に着いてすぐに、..
Weblog: Chinchiko Papalog
Tracked: 2008-07-25 00:02
昭和初期のイラストマップを入手。
Excerpt: 1933年(昭和8)に大東京市制審査協会によって作成され、当時35銭で販売されていた、目白・下落合界隈を含む大判のカラーイラストマップを入手した。ある方が、某所に眠っていた同地図を探し出してくださった..
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Tracked: 2008-08-06 00:02
佐伯祐三より1年半早い「下落合風景」シリーズ。
Excerpt: 洋画家・松下春雄Click!が「下落合風景」シリーズをスタートさせたのは、佐伯祐三Click!よりも1年半ほど早い、1925年(大正14)の春あたりからだ。この年に入ると、松下は雑司ヶ谷の池袋大原13..
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Tracked: 2008-11-18 00:02
スッチャカ曾宮一念画室にフルチン金山平三。
Excerpt: 下落合じゅうに点在していた画家たちのアトリエを、鈴木良三Click!は丹念によく訪ね歩き、その様子を几帳面に記憶している。梶山公平・編『芸術無限に生きて』(木耳社/1999年)には、鈴木と交流があった..
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Tracked: 2009-01-11 09:11
下落合駅前にあった「摺鉢山」。
Excerpt: 「不動谷は、どうして西へいっちゃったんでしょうねえ」と、明治末から下落合にお住まいになっている家の子孫の方が、かつてわたしにそう言われた。わたしにも、確たる理由がまだつかめないので、彼女へ「おかしいで..
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Tracked: 2009-02-23 00:01
佐伯アトリエの地主を追いかける。
Excerpt: 佐伯祐三Click!の書籍や資料を見ると、彼が1921年(大正10)に下落合661番地へアトリエを建てたとき、あるいは米子夫人Click!がその土地を購入して正式に自邸の土地となったときのことについて..
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Tracked: 2009-04-05 10:19
わしな~、リフォームしてんねんで。
Excerpt: あのな~、わしな~、下落合にアトリエClick!建ててからな、もう88年にもなるやんか~。そろそろ建て替えよう思うてな、いつもんようにソミヤはんClick!とこへ相談しに行ったんや。ほなな~、「これか..
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Tracked: 2009-11-01 00:03
佐伯祐三のイーゼルは現存している。
Excerpt: 1923年(大正12)に第1次渡仏へと向かう直前、佐伯祐三Click!は世話になった曾宮一念Click!へ身のまわりのものを贈っている。曾宮へプレゼントされたものとは、庭木のアケビClick!が2本、..
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Tracked: 2009-12-27 00:02
大震災前後に建てられた川澄良重邸。
Excerpt: 関東大震災Click!の直後から、当時は東京市外だった落合地域には、次々と市内から引っ越してくる人々の住宅が建ちつづけた。関東大震災の以前、すでに明治末から大正初期にかけては“田園都市”という住環境の..
Weblog: Chinchiko Papalog
Tracked: 2010-01-07 00:01
わしな~、天井の柱も削ってもうた。
Excerpt: 下落合661番地の佐伯アトリエClick!は、1921年(大正10)の初夏以降に完成していると思われる。同年の4月に、諏訪谷の尾根上へアトリエClick!がほぼ完成し曾宮一念Click!たち家族が住み..
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Tracked: 2010-04-16 00:07
“青柳ヶ原”の消滅と聖母病院の建設。
Excerpt: 1931年(昭和6)に竣工した聖母病院Click!のフィンデル本館Click!の“装甲”が、厚さ60cmと知ったときには唖然としてしまった。同時期の軍施設よりも分厚い装甲で、ちょっとした地震などにはビ..
Weblog: Chinchiko Papalog
Tracked: 2010-06-09 00:16
下落合の事件簿「火事」編。
Excerpt: 大正末から昭和初期にかけ、落合地域は東京府の風致地区に指定された葛ヶ谷Click!(西落合)や井上哲学堂Click!などもひかえ、また西洋館が建ち並ぶモダン住宅街や華族屋敷などを見物しがてら、東京市内..
Weblog: Chinchiko Papalog
Tracked: 2010-08-22 00:06
素描に残る佐伯祐三の「下落合風景」。
Excerpt: 佐伯祐三Click!の下落合をモチーフにした風景画には、タブローとしての油彩画だけでなく、淡い水彩をほどこした素描やスケッチがいくらか残されていることは、すでにここでも記事Click!に書いていた。そ..
Weblog: Chinchiko Papalog
Tracked: 2011-05-02 00:01
国際聖母病院の創立物語。
Excerpt: 国際聖母病院Click!の建設計画は、あるひとりの女性の死によって始動している。フランスへ滞在していた医学博士・戸塚文郷(のち聖母病院の初代院長)が、フランシスコ会の会員だったローズという女性の死に際..
Weblog: Chinchiko Papalog
Tracked: 2011-07-04 00:07
落合地域東部の放射線測定値。(下)
Excerpt: 前回Click!につづき、7月31日(曇)に測定した下落合と上落合の東部の放射線量を記録しておく。 諏訪谷Click!の谷戸の突き当たりにある大六天Click!は、せまい参道筋の土面を測定してみた。結..
Weblog: Chinchiko Papalog
Tracked: 2011-08-07 00:12
消えてしまった斜面の『下落合風景』。
Excerpt: わたしの手許に、公開を留保されている佐伯祐三Click!の『下落合風景』Click!の画像がある。どのような作品だか、そのまま画像を公開してしまうのはルール違反なので、わたしが同作品をスケッチして、ど..
Weblog: 落合道人 Ochiai-Dojin
Tracked: 2012-02-14 00:00
膨大な数の笠原吉太郎描く「下落合風景」。
Excerpt: 先日、笠原吉太郎Click!の孫にあたる山中典子様より、昭和初期の貴重な資料類をお送りいただいた。昨年、現存する『下落合風景(小川邸)』Click!をお送りいただいたご姻戚のみなさんとは別の孫にあたる..
Weblog: 落合道人 Ochiai-Dojin
Tracked: 2012-02-20 00:05
佐伯祐三の『踏切』ガードが規定できた。
Excerpt: 1926年(大正15)ごろに、佐伯祐三Click!が描いた『踏切(踏み切り)』Click!が、lot49sndさんClick!の撮影したガード写真でハッキリと規定できた。まちがいなく佐伯は、武蔵野鉄道..
Weblog: 落合道人 Ochiai-Dojin
Tracked: 2012-12-11 11:45
大正時代に流行った興信所の仕事。
Excerpt: 公文書館や国会図書館を調べていると、ときどき興信所のレポートに出あうことがある。別に誰かの素行調査の報告書ではなく、多くの場合、企業や株に対する信用調査や、農産物の相場に関する予測情報、土地などへの投..
Weblog: 落合道人 Ochiai-Dojin
Tracked: 2013-07-15 00:01
画家たちの第一歩を伝える『中央美術』。
Excerpt: 1923年(大正12)に発行された『中央美術』6月号には、洋画界へデビューしたふたりの画家の動向が伝えられている。ひとりは、下落合661番地へアトリエClick!を建てたばかりの佐伯祐三Click!で..
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Tracked: 2013-10-16 00:11
下落合を描いた画家たち・佐伯米子。
Excerpt: この絵を初めて観たとき、その据わりの悪さや不自然さに、ちょっと気持ちが悪くなってしまった。戦後すぐの1948年(昭和23)に開かれた、女流画家協会の第2回展に出品され、「婦人文庫賞」を受賞していると思..
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Tracked: 2014-09-07 11:47
前田寛治が残した「制作メモ」。
Excerpt: ★ご報告 以前、山中典子様Click!よりお預かりし、こちらの記事でご紹介していた笠原吉太郎の『下落合風景(笠原吉太郎邸)』Click!が、正式に新宿歴史博物館で収蔵されることに決定した。大正期から昭..
Weblog: 落合道人 Ochiai-Dojin
Tracked: 2014-09-08 00:00
小島善太郎アトリエ(百草画荘)を拝見する。
Excerpt: 先日、日野市の百草園近くにある百草776番地の小島善太郎アトリエ、すなわち百草画荘へお邪魔してきた。小島善太郎Click!は、拙サイトでは何度も繰り返しご紹介している1930年協会Click!、あるい..
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Tracked: 2016-06-14 00:01
新発見の『ひるね(弥智子像)』。(下)
Excerpt: 牙彫(きばほり/がちょう)という職業は、江戸後期から男にとってはあこがれの職業のひとつだったろう。動物のキバやツノなどへ彫刻をほどこす精密細工の修行は、長く厳しいものだったらしいが、いったん技術をマス..
Weblog: 落合道人 Ochiai-Dojin
Tracked: 2016-08-25 00:00
佐伯の『下落合風景』を評価する藤川栄子。
Excerpt: 池袋に住み洋画家をめざしていた佐藤英男(早大建築科在学当時)は、1926年(大正15)の初冬、姉の佐藤松子に付き添われて佐伯祐三Click!のアトリエを訪問している。佐伯の連れ合いである米子の姉、池田..
Weblog: 落合道人 Ochiai-Dojin
Tracked: 2017-01-16 12:30
この記事へのコメント
ChinchikoPapa
nice!をありがとうございました。>納豆(710)な奇人さん
ChinchikoPapa
nice!をありがとうございました。>Krauseさん
ChinchikoPapa
ChinchikoPapa
nice!をありがとうございました。>takagakiさん
ChinchikoPapa
mayui
もうすぐ佐伯祐三展がそごう美術館で開催されますね。とても楽しみです。
没後80年と聞いて、以外にも最近の人という事に改めて気が付きました。
ご存命なら、ひょっとして今でも絵筆を握っていらしたかもと思うと、残念な限りです。
私事ですが、高校、大学と美術部で下手ながら油絵を描いていました。
そのころから佐伯祐三は私にとって特別な画家で、画集を見るといつも何か心に刺さってくるものがあって、今だにそれが何なのかよくわからないでいます。
決して明るい感じの画風ではないし、むしろ一種の暗さがあって、好きな画家というわけではないのですが、気になって見ないではいられないのです。
そういえば、NHKで彼の生涯をドラマ化したものがあったと思うのですが
chinchikopapaさんはご存知ですか?
確か佐伯役は根津甚八だったと思いますが‥。
ChinchikoPapa
先日、そごう美術館の学芸員の方が下落合の「カフェ杏奴」にみえまして、佐伯展の割引チケットとパンフレットを、サエキくんに預けていってくださいました。(^^; よろしければ、「杏奴」で割引券をお受け取りください。まだ、残っていると思います。
1980年にNHK特集でドラマ化されたのは、中島丈博・脚本の『襤褸と宝石-佐伯祐三の生涯-』です。先日、シナリオとスチール写真とを入手していますので、来週あたり書いて見たいと思っています。割引チケットの件も、佐伯がらみで記事にアップいたしますね。
ChinchikoPapa
ChinchikoPapa