外観は西洋館でも中身はすべて和の家。

 

 銀行員のS氏が、第一文化村の南側に建設した邸宅だ。屋根の庇が大きく張り出した、当時は大流行していたライト風を思わせるベランダが目を惹くけれど、建物全体の印象はライト風には感じない。総建坪34坪とコンパクトな家だけれど、外観のデザインからか、それほどこじんまりとした家の風情には見えない。
 2階には、8畳の日本間1室しかなかったようだけれど、突き出た屋根のかたちからか、もう少し部屋数があるように見える。バルコニーの広さが2坪というから、ちょっとしたスペースだ。小さいテーブルやイスを持ち出して、ここで3時のお茶でも飲めただろう。1階は6畳と8畳の、これまた和室ばかりで、それぞれ居間と寝室にあてられていた。建物の外観とは裏腹に、家内の造りは和風だった。S家では、生活は落ち着ける日本間でしたいのだけれど、周囲に建てられている目白文化村の家々がほとんど西洋館のため、このような外観デザインを採用したのかもしれない。
 唯一の例外は、「ヴェランダ」と称するサンルームのような長6畳の部屋で、ここに化粧台やイス、テーブルなどの洋家具が置かれていた。でも、床は板張りではなく、畳が敷かれていたらしい。S家では、この横長の部屋を「化粧室兼喫茶室」と呼んでいた。玄関の前には、文化村住宅の“お約束”どおりに棕櫚が植えられ、いかにもハイカラな装いをしているのだけれど、玄関を一歩入ると、室内は純然たる日本住宅の意匠だった。
 
 目白文化村には、100%洋風の邸宅も存在したけれど、このように建物の外観はしゃれた西洋館Click!でも、家の中へ入ると和室と洋間が混在する和洋折衷だったり、ほとんどが和室だけだったりする家も少なくなかった。今日では、洋風の建物に和室の組み合わせは、別にめずらしくもなんともないけれど、大正期の当時としてはまったく新しい家づくりの概念だったろう。明治末までは、西洋館なら中身も洋風、畳の生活がしたければ日本家屋、両方の生活がしたければ、おカネが少しかかるけれど洋館と和館を併せてつくる・・・という考え方が普通だった。でも、目白文化村が売り出されるころには、一般の住宅でも洋館なのに畳敷きの部屋があり、和館なのに洋間があるといった、より自由な発想による家づくりが普及し始めている。そして、このような実験的あるいは実践的な家づくりの新しい概念は、現在の住宅デザインへと直結していくことになる。
 
 S邸の写真には、もうひとつめずらしい邸宅が写りこんでいる。S邸の北側、1区画とさらに道を1本隔てた向うに建っていた、バンガロー風の尖がり屋根が特徴的なW邸だ。その外観から、なんとなくコンパクトな家を想定してしまうのだけれど、この邸をとらえた複数の写真から距離感も含めて考察すると、かなり巨大な建築だったことがわかる。N邸Click!と並んで建っているように見える写真が残っているが、実はN邸と同じ並びではない。N邸から区画がふたつ右手奧へと引っこんだ、斜め向こう側にW邸は建っている。
 S邸の背後に3分の1ほど写りこんでいるW邸と、N邸側から撮られた遠景写真とを見比べると、その巨大さが想像できる。総建坪で見ると、300坪の広い敷地に建てられたライト風の門で有名なK邸よりも、W邸のほうが広いのだ。

■写真上は、第一文化村に建っていたS邸。は、S邸跡の現状。
■写真中は、玄関付近の様子。は、サンルームのような畳敷きの「化粧室兼喫茶室」。
■写真下は、S邸の背後に3分の1ほど見えているW邸の拡大写真。は、N邸と並んでいるように見えている写真。実はN邸よりも2区画分、西側奧に引っこんで建っている。

この記事へのコメント

  • ChinchikoPapa

    takagakiさん、ありがとうございました。
    2007年07月29日 00:03
  • ChinchikoPapa

    mikosukeさん、ありがとうございました。
    2007年07月29日 00:04

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