長崎町の新年凧揚げ大会。

 

 目白通りをはさんで長崎町界隈では、昭和初期になっても広い空地が多かったせいか、正月になると凧揚げが盛んに行われていたようだ。おそらく、下落合からも通りを渡って、電線を気にせず心おきなく凧揚げができる広い空地へと、人々が集まったことだろう。凧揚げをしていたのは、子供とは限らない。江戸期から、凧揚げは大人の正月遊びのひとつでもあった。大川(隅田川)の上では、よくケンカ凧揚げが行われ、表店裏店の別なく大人も夢中になって参加していた。
 長崎町1721番地に住んでいた洋画家・牧野虎雄のアトリエは、近所の画家たちも参加して毎正月に行われた凧揚げ大会の拠点になっていた。凧揚げばかりでなく、当時の画家たちの家では、友人たちが集まってカルタ大会や餅つき大会、ピンポン大会、金山じいちゃんClick!が必ず顔を見せる仮装大会などが開かれていた。1928年(昭和3)の正月に行われた、牧野虎雄邸における凧揚げ大会の模様をのぞいてみよう。同年に発行された『美術新論』3月号から引用してみる。かなり画質が荒れて見えにくいけれど、そのときの凧揚げ大会の写真も掲載されている。
  
 今年の元日は実に好天気であつた。風までおだやかなので凧は、駄目だといふので、元日吉例の凧上げに、牧野氏宅に集つた人々は、うらめしさうに、青く澄んだ空を眺め、同人田辺氏大久保氏など、止むを得ず、しほらしく羽根などついてゐたところ、大いにあげて見せると云ひ出したのは牧野氏である。矢張り高い空には風があるものらしい、凧はよくあがつた、何時までも何時までもおりることを忘れた様に、小さく見えるまであがつてゐた。
 この日近来行方不明だつた上野山清貢氏も珍しく出現、気焔は酒と共に発してあたるべからず。年始に来た桑重氏、柚木氏なども、ほうほうの態で逃げ出す始末。夜は例によつて諸君の国宝陳列、一度睡をとつた上野山氏も、またも起き上り、田辺、村田などの諸君と活躍。「夜明けの四時頃でしたでせうね、」と牧野氏の話、他の人は台所や、廊下にたふれて寝てしまい時間なんかとてもわからない。
  
 
 長崎町の空地とみられる凧揚げ写真を見ると、不鮮明なので凧がどこに揚がっているのかわからない。でも、広い空地の突き当たりに雑木林が見え、その横には瀟洒な西洋館が2棟つづきで建っているのがわかる。風がほとんどなくて凧揚げはむずかしかったようたが、北風を想定するとこの写真は長崎から南側、つまり目白通りのある下落合側を向いて撮られたものだろうか? このあと牧野は、下落合の諏訪谷にあった曾宮一念アトリエの並びに引っ越してくることになる。
 また、牧野虎雄の凧上げについて、『美術新論』の記者はこんなことも書いている。
  
 牧野氏と凧は有名なものになつてゐる。たいていの小供は凧をあげるのに、かけ出すのが普通であるが、牧野氏ばかりは、小供の時に、しやくつたりのばしたり、半日位はジツとつつたつたまゝ研究してゐたものださうだ。それを見たお祖父さんが、「この子はものになる」と云つてゐられたとお母さんの話、一寸教へられるものがある。
  
 
 牧野邸の凧上げにも参加している大久保作次郎Click!は、前年(1927年)にフランスから帰国したばかりだった。同じ号の『美術新論』では、美術記者が大久保アトリエを訪問している。
  
 山の手線目白駅を降りて、以前、牧野さんを訪れたと同じ道で、いま少し手前です。自然木の門に、荷札かなんぞの様に、無雑作に書かれた門札を見て、中へ入ると、こゝも霜どけです。篠竹の藪を左に、飛石を文字通り飛んで行く。左に古びた石の地蔵が二つ三つ立つてゐます。画室の入口がすぐ右にありますが、これは締まつてゐるので、玄関のベルをおしたのです。玄関には(日曜日面会日)と書いてありました。
 私は今、画室で大久保さんと対座して紅茶を飲んでゐます。三間半に四間半といふ大きな画室です。ストーブはよく燃えてゐます。壁にも床にも沢山の作品があります。幾枚かの描きかけの絵も、画架にかゝつてゐます。
  
 大久保作次郎のアトリエの様子を、よく伝えている記事だと思う。この訪問記にも写真が添えられているが、5年にわたるフランス滞在から帰国したばかりのせいか、アトリエには「S・O」と目立つイニシャルの入った大きなトランクが置かれたままになっている。
 それとも、記者がカメラマンを連れて訪問するというので、一度どこかへしまったトランクをまた出してきて、アトリエに置いたのだろうか? いかにも、「いま、巴里からもどったよ!」とアピールしている写真に仕上がっている。

■写真上は、1928年(昭和3)1月1日に行われた牧野虎雄主催の新年凧揚げ大会。は、1926年(大正15)の「長崎町事情明細図」にみる牧野邸。ちょうど、現在の目白の森公園の裏手にあたる。北東側に拡がる広い空地が、凧揚げ大会の現場だろうか。
■写真中は、小柴錦侍邸で行われた新年仮装大会。前列中央で、不気味な女装をしているのは大久保作次郎。このような集りを金山平三が見逃すはずもなく、もちろん参加しているがどこにいるかは不明。は、金山じいちゃんがやって来そうもない新年いろはカルタ大会。
■写真下は、インタビューを受ける大久保作次郎で、背後の「S・O」イニシャルトランクが印象的。いつもの大久保の顔つきとはずいぶん違うのは、写真の修正しすぎによるものだろうか。は、1924年(大正13)の牧野虎雄『凧揚』(部分)。子どもたちの服装から、夏の凧揚げらしい。

この記事へのコメント

  • ChinchikoPapa

    takagakiさん、ありがとうございました。<(__)>
    2007年07月04日 00:23

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