光徳寺に「絵馬堂」はあったか?

 佐伯祐三の実家である、大阪北区の光徳寺の話ではない。下落合駅から歩いて5~6分ほどのところにある、上落合の光徳寺のことだ。佐伯は、実家とまったく同じ名称のこの寺に、足を運んでいるのではないか? わたしはずいぶん前から、地図でこの寺の名前をチラチラ横目で見やりながら、そんなことを考えていた。
 佐伯は正確な地名や、地域の愛称・通称などにことさら敏感らしく、画題にも積極的に取り入れている。おそらく、普段から地図を持ち歩くか、あるいはアトリエに周辺の地図を常備していて、しじゅう眺めていたのではないか。そんな彼なら、上落合の光徳寺に気づくのにそれほど時間はかからなかったはずだ。むしろ、かなり気になっていたのではないか?・・・そんな気が強くしていた。
 上落合の光徳寺が、なぜこれほど気になったかというと、1926~27年(大正15~昭和2)の連作『下落合風景』が描かれている真っ最中の作品に、『絵馬堂』があるからだ。この絵馬堂がどこの寺のものなのか、これまでの佐伯研究で描画場所が特定された記録を、わたしは目にしたことがない。同時期の『踏切』Click!が、目白駅近くF.L.ライトの小路の先にある山手線の風景だった例もあるので、この『絵馬堂』も下落合の近くの寺ではないかと疑った。だが、最勝寺や薬王院、自性院など下落合界隈のめぼしい寺々に、絵馬堂があったという記録は見たことがない。
 また、この作品は『下落合風景』ではなく、あえて『絵馬堂』とタイトルされているので、下落合の“内側”である可能性はきわめて低いと思う。なぜなら、佐伯は下落合の境界から外れてしまった風景には、先の『踏切』にしろ『目白風景』Click!にしろ、意識的かつ几帳面に「下落合」の名称をタイトルから外しているからだ。また、下落合からいまにも外れそうな位置で写生すると、「上落合の橋の附近」というように、明らかにそのことを意識したメモを残している。だから、『絵馬堂』とあえてタイトルされた本作も、下落合の外側と考えるほうが自然なのだ。わたしは、1927年(昭和2)の夏に一時滞在していた大磯の寺を疑ったが、似ている造りの建築が佐伯一家が暮らした山王町近くの高麗寺(高来神社)にあるものの、結局は違うことがわかった。
 
 さて、上落合の光徳寺はどうだろうか? さっそく光徳寺にうかがい、方丈にいらした方にお話をうかがった。上落合の光徳寺は、戦前までは無住寺のひとつで、僧侶が常駐するようになったのは戦後のことだそうだ。現在の本堂はすっかり建て替えられているが、戦前の建物にもこのような大きな絵馬堂は存在しなかったとのこと。もちろん、佐伯祐三の連作『下落合風景』はご存じで、寺名の光徳寺が佐伯の実家と同名であることもご承知だった。そして、光徳寺という寺名は東京にも多いこと、佐伯が立ち寄りそうな落合の近くには、中野(上高田)の光徳院や高徳寺があることもご教示いただいた。
 絵馬堂は、別に寺院とは限らないかもしれない。神仏習合の時代には、神社にも絵馬堂(殿)は存在しただろう。「光徳寺」をキーワードに絵馬堂を探しているが、ひょっとするとどこかの社殿なのかもしれない。さて、佐伯が『下落合風景』シリーズClick!の合い間に描いたとみられる『絵馬堂』。彼は目白や池袋、上落合、中野の境界すれすれまで出かけて行って描いているので、可能性はある。はたして、上高田の光徳院や高徳寺に絵馬堂は存在しただろうか?

■写真上:佐伯祐三の『絵馬堂』(1926年・大正15ごろ)。堂の屋根の表現から、瓦屋根ではなく萱葺きか桧皮葺きのような質感に見える。
■写真下は、上落合の光徳寺。は、戦災で焼ける前の佐伯祐三の実家・光徳寺。

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