負け犬のシネマレビュー(7) 『タブロイド』

人の持つ光と影より怖いものなし
『タブロイド』(セバスチャン・コルデロ監督/2004年/メキシコ=エクアドル)

 怖い映画である。
 子どもを襲う連続殺人鬼にヒステリックになる町で、また新たな被害者が見つかった。車で家路に急ぐ男は途中で出会った息子から、殺されたのがクラスメイトで葬儀に参列した帰りだと聞かされる。葬儀のようすはマイアミから来た人気TV番組のクルーが取材中だ。レポーターは被害少年の双子の弟に話を聞かせてくれと迫り、少年はものめずらしさから一度は了承したものの、大きなカメラやマイクを前に怖じ気づいて逃げ出してしまう。走り出した少年の目の前に現れたのが、先の男の車――ここからはじまる物語の冒頭15分間は息をつく間もない。アントニオ・ピントの音楽は、映画の宣伝文句でもある「『シティ・オブ・ゴッド』を凌ぐ濃厚なドラマ」以上に胸をざわつかせ、気を逸らせる。

 プレスリリースによると、種の起源ガラパゴス諸島を擁する自然に恵まれたエクアドルは、その額で1位の石油をはじめ、バナナやコーヒーの輸出国である。北からは麻薬組織やゲリラから逃れてコロンビア人が、国境紛争の絶えない南と東を接するペルーからは高賃金をもとめて難民が入ってくる。79年、軍政から民政に移行して以来、民衆はストライキによって国家に損失を負わせることで政府に依存してきた。できもしない公約を掲げる大統領が次々に誕生しては交替しているという。国家警察資料によると、昨年上半期は1.4時間にひとりが生命の危険にさらされながら、殺人犯の検挙率はわずか13.5%という恐るべき治安の悪さ。さらに映画の舞台となっているババオヨの町は毎年洪水に見舞われている。どの家にも飲み水はないがテレビはある。
 つまり人びとの情報源はテレビしかないということだ。

 日本でも被害者の実名を公表するか否かを警察が決定するか、報道する側が決めるか議論中だが、ニュース映像を見て思うのは、カメラが回り、マイクを持つと、キャスターやレポーターは人格が変わるのではないかということ。前の日の夜、路上で酔っぱらって、しつこく女の子に迫っていたキャスターがまじめくさった顔で出てくると、はっきり言ってしらける。でもそれが人間なのだ。目の前で車がぶつかれば、燃え上がる家があれば、見たい、撮りたいと思うのが人情で、災害時、市井の人から提供されるビデオ映像が何よりの証拠である。TVレポーターが正義の使者だとは誰も思っちゃいないだろうが、名声のためなら手段を選ばないハイエナだと決めつけることはできない。報道する側がそうであれば、犯人検挙率が低い警察がワイロにまみれた無能な人ばかりでもない。ならば実在した連続殺人鬼に着想を得て組み立てられた殺人鬼もまた、光と影を持つありふれた人間なのである。

 『アモーレス・ペロス』のように最後まで緊張感を失わせず、『シティ・オブ・ゴッド』で感じた疑問――希望を見いだせない子どもたちがクスリ漬けになっていく過程を見せつけた作り手の立っている位置はどこか――に答えたこの映画に、ヒーローは存在しない。それぞれが等身大の人間であり、それぞれの立場から見れば誰もまちがってはいない。正しくもないが。確実にまちがっているといえるのは、水がなくても、食べ物がなくてもテレビがあるという現代社会特有の貧しさぐらいか。
 私はいまポテトチップスを食べながらこれを書いているが、この恐ろしく塩分と脂分の多い食べ物は1袋100円でお腹いっぱいになる。人を作るのは育った環境。地理的条件や、国家の政治的経済的情勢、民族の歴史や文化によって形成される家庭環境、DNA……そして食べ物だ。かつて好きで、よく観た映画に出てくるニューヨークの下町に住むアフリカ系のちびっこギャングや、ロンドンのパンク小僧はランチにはチョコレートバー、夜はアルコールとクスリが決まりだった。つい最近、ハンバーガーを食べ続けたらどうなるか、体を張って記録映画にした監督がいたが、家族とのしあわせの象徴として刷り込まれたハンバーガーチェーンは寂しくなると行きたくなる中毒患者を生むらしい。こんなことを思ったのも映画のなかでTVクルーがハンバーガーを食べていたからで、それだけに地元のひとの食事風景が出てこなかったのが残念でならない。
                                               負け犬
『タブロイド』公式サイトClick!
1月21日(土)~ ヴァージンTOHOシネマズ(六本木ヒルズ)他で全国ロードショウ

この記事へのコメント

  • まき

    こんばんは。
    映画「タブロイド」の試写会に行きました。
    息つく暇もない緊張の連続で,充実した映画でした。
    TBさせてもらいますね。
    2006年01月12日 23:38
  • ChinchikoPapa

    トラックバックを、ありがとうございました。
    さっそく、こちらからもTBさせていただきました。ご丁寧なコメント、
    ありがとうございました。
    2006年01月13日 00:33
  • ノラネコ

    見ごたえのある映画でした。
    報道の、というよりは人間の持つ二面性と闇を描き出した力作と思います。
    2006年01月30日 23:53
  • ChinchikoPapa

    ノラネコさん、トラックバックとコメントをありがとうございました。
    さっそく、こちらからもTBをさせていただはました。
    これから、もよろしくお願い申し上げます。
    2006年01月31日 00:31
  • ChinchikoPapa

    こちらにも、nice!をありがとうございました。>さらまわしさん
    2014年07月30日 18:43

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