負け犬のシネマレビュー(2) 『タナカヒロシのすべて』

あなたも好きになるかも!? 『タナカヒロシのすべて』(日本/2004年)

 往年の名曲『コーヒールンバ』がほぼフルコーラスで(西田佐知子って意外と歌うまくないかも?)流れるなか、カメラはとある建物に。画面に映る工場が家内制手工業というか、職人さんが網目に一本ずつ髪を縫い付けているかつら工場である。何、このシチュエーション? しかもこのテンポ……。
 人嫌いというわけじゃないが、できたら気に入った人とだけおつきあいしたい。ま、たいていの人はそう思ってるんだろうけど、そうはいかないのが大人の世界。しかし、この映画の主人公タナカヒロシは大人げない32歳、独身である。
 毎日通うお弁当屋さんに、いつもどっちかだから「シャケですか、ロールキャベツですか?」と訊かれ、怪訝な顔。かつら工場の上司に誘われると、無表情で断る。ま、鳥肌実だからしょうがないんだけどね、顔は。で、またベタな上司が趣味は? この無愛想な男に訊けば「映画」と答え、案の定スピルバーグ? シネコン? とこれまたベタなことを言えば、「いやー映画館に行ったことないな、と思って」と返す。なかなかのキレ者、人を遠ざける術を心得ているのかと思ったら、お見合いをすっぽかして、数えるほどしか観客のいない映画館でホラー映画かなんかを見てるのだから、やはり大人げない。ただのワガママ男である。資料には書かれていないがタナカヒロシ、ぜったいB型だ。
 ま、そうやって32年間嫌なことを避けてきたのだが、おみくじクッキーで大凶を引いてしまってから調子が狂い、次々と不幸に見舞われるのだが、言葉にすれば坂道を転がるように…なのに映像で見るかぎり、実にのんびり、淡々としている。交通事故とか難病とか記憶喪失とかいうのではないから淡々、でもいいのだが、そのさなかにこんなタナカヒロシに恋する女も出てくる。当然である。だってタナカヒロシ、全然がつがつしてないもの。でも私は知ってるぞ、こういうタイプの男ってほんとうに何も考えていないぼうっとしたやつか、ひとつのことしか考えられない上の空なやつであることを。とはいえ、そこは32歳の独り者である。デリバリーのヘルス嬢を家に呼んだりもする。で、このおねえちゃんが、延長料金半額で7万にしてあげる(高いんだねえ、こういうの。ビックリして金額憶えてしまったよ)とか言いながら、「おにいさん、心を開かなければ人づきあいはできないのよ」なんて説教をする。
 登場人物のなかで一見、唯一まともに思えるデリへル嬢だが、これ、おかしい。だってふつう、風俗嬢って、金払う側のおやじに説教されるもんでしょうが。そう。この映画に出てくる人はみな、ちょっと変わっている、というか私たちのリアルな日常がどこかヘンなのでしょう。だって最近の猟奇的な殺人って、子どもや年寄りに手をかけるようなのはたいてい近隣の人も認める挙動不審者だが、親を殺しちゃった若い人の評判を聞く(ってもテレビ画面で見たかぎりだけど)と、いいコですよとか、ちゃんと挨拶する愛想のいいコとか言っていて、いまの世の中、愛想のいい親切な人のほうがあやしいと私は睨んでいる。なのにタナカヒロシったら、2階の自室から帰って行くデリヘル嬢に手を振ったりしている。ウブなのか、鈍いのか。

 デリヘル嬢の言葉に心を動かされたのか、ずっと受け身だったタナカヒロシ、最後は心を開こうとするのだが、このラストについて、脚本&監督の田中誠は「ダメ男が主人公の話は多いが、ダメなままでいいってふうになってるのがイヤだったから」とコメントしている。でも私は知ってるぞ。こういうタイプの男が心を開くと、抑えがきかなくなって、とことん甘えん坊になるのを。
 ちなみに音楽はムーンライダーズの白井良明が担当しているが、『コーヒールンバ』をはじめ昭和歌謡と良明氏らしいポップで、上手くハズシてくれている。エンディングは、ブログの大家さんも大好きなご存知クレイジーケンバンドの『シャリマール』。初期のデモテープみたいなカセットテープの収録曲で、小林旭の自動車唱歌よろしく車の名前がずらっと出てきて、僕の友だちシャリマールはパキスタン人、中古車貿易商って歌。映画とは無関係ですが、笑えます。
 さてタナカヒロシの不幸のはじまりは、おみくじクッキーでした。そこで、私もパソコンのデジタルおみくじを引いてみたら、出ちゃったんですよ、大凶が。一瞬ぞっとして、思わず口走りました、父ちゃん、死なないで。今はまだ…。                                  負け犬

『タナカヒロシのすべて』公式サイト Click!
5月14日(土)~ 渋谷「シネクイント」にて公開予定

この記事へのコメント

  • ChinchikoPapa

    先日、会社に打ち合わせにきたデザイナーが、わたしのCDラックの端にならんだCKBをめざとく見つけて、会議そっちのけでさっそくCKB談義となってしまいました。彼は、初期アルバムのころの野暮ったさと疾走感がたまらない・・・という、わたしと同じような感覚で聴いていたので、あっというまに1時間。
    しかし、1枚聴きはじめると次のアルバム、また次のアルバム・・・と、CKBはキリがないですね。神奈川の海っぺりの匂いがして、わたしとしてはたまりません。
    2005年05月03日 22:05

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