こんなことになっちゃって・・・。

 麻布山の善福寺が、こんなことになっちまってる。まったく、ひどい景観だ。善福寺といえば、幕末に米国の公使館がおかれタウンゼント・ハリスが滞在してたことでも有名だ。また、幕府役人などを対象に、当時の国際法の講義所も開設されていた。寺の周囲には、復古をとなえる尊王攘夷のテロル浪士たちが出没し、さまざまなエピソードが残っている。いや、麻布山の歴史は幕末ばかりじゃない、有史以前から延々とつづいている。ついでに善福寺裏の、昔から伝説ゆたかな蝦蟇池だって、マンションに埋め立てられてほとんどなくなってしまった。
 いつも思うのだが、攘夷を断行してそのまま鎖国をつづけ王朝政治を復活させよう・・・という、時代錯誤もはなはだしいアナクロニズムの超保守主義が、明治維新を招来した「尊王攘夷運動」なわけだから、当時の江戸幕府は経済的な基盤(形骸化していたとはいえ)をのぞけば、政治的には進取の政策にもとづく「進歩派」であり、いわば「革新派」だったわけだ。このような、きわめて「ねじれ」思想にもとづく変革は、世界的にもとてもめずらしいと思う。イスラムのファウンダメンタリズム革命に先立つ、日本の原理主義革命・・・といったところだろうか。
 世にも名高い「資本主義発達論争」だが、講座派のとなえる「明治維新はブルジョア革命だった」という規定は当たらない。どう考えても結果論だ。過程の思想性を、あまりに無視しすぎている。近代の合理主義的な思想にもとづいた、意識的な革命をブルジョア革命(資本主義革命)ととらえるならば、日本は自らの革命に失敗している。ひいき目に見て、ようやく労農派の「ブルジョア革命的な変革」程度だろう。この「的」の部分が、実はとても重要なのだけれど・・・。
 「尊王攘夷思想」は、明治維新とともに新政府によってあっさりと廃棄され、180度の日和見主義ですぐさま開国をあと追い承認している。幕末、「尊王攘夷」のために生命を落とした人々、特に外国人や井伊掃部守に象徴される開国派を狙ったテロルに明け暮れていた“志士”たちは、この時点で、きたるべき権力者の単なる踏み台的な“道具”となり下がってしまった。
 徳川幕府さえ倒せば、開国から再び鎖国へと回帰し王朝政治が復活する・・・と信じ、そんな“道具”になり下がるなど夢想だにしなかった彼らが、米国公使が出入りするこの麻布山を取り巻き、機会さえあればハリスを斬ろうとしていた。やむなく開国に踏み切り、国際法をいち早く吸収するために麻布山の講義へと足しげく通い、またハリスを護衛していたのは、彼らが打ち倒そうとしていた「旧弊」たる幕府の役人たちだったのは、なんとも皮肉なことだ。実に情けないことだけれど、それが幕末の狭量な「ねじれ変革者」の実情だったのだ。

 それにしても・・・である。善福寺の山門は、いつからこんなひどいことになっていたのだろう。背後に見える、まるで生ビールの中ジョッキのような醜い建築物は、いったいなんなのだ? こういう景色に出会うと、ほんとうに情けなくなってしまう。これは、日本橋の上に高速道路の高架をかけても、なんとも思わない人間と同質の、歴史・文化の不在と精神的な貧困さとを如実にしめしているモニュメントだ。「東京の山手で土地が売りに出てる」→「周囲は泉も湧き緑も多い、いわれのある有名な地所だ」→「ここにマンションを建てれば売れる」→「できるだけ高層にして景観を売りにすれば、笑いが止まらないほど儲かる」→「周囲がゴチャゴチャ言ってもかまわない」・・・と、どこか近くで見た構図だけれど、これが現実の、札束がすべての資本主義の姿だ。
 なるほどね、愛宕山からの眺めをぶち壊してくれた社長がいる会社と、同じ会社の仕事というわけだ。自分のふるさとでもない街の景観や文化なんぞ、どうなろうが知ったこっちゃないのだろう。「大江戸」の恥はかきすて、フランス革命に倣えば「Apre´s moi le deluge (我が亡きあとに洪水よ来たれ=あとは野となれ山となれ)」・・・というわけなのだ。東京のどこかの建築会社さん、条例をたくみにすり抜けた「特例」認定を駆使してさ、この社長の地元、京都・東山の清水寺のまん前に50階建ての、ことさらぶざまなデザインの“清水坂ヒルズ”でも建てちゃくれめーか? 大沢池を埋め立てて、“大覚寺ヒルズ”でもいいぜ。そうすりゃ、ちったぁこちとらの痛みがわかるってもんだろう。
 この景色を、当時の尊王攘夷のテロリストたちが見たら、どう思うだろう? 近く(赤坂)に住み麻布山界隈を散歩した勝海舟が見たら、きっとこう言うだろうね。「じゃあだんじゃねえや、べらぼー野郎(大バカ野郎)め」。

■写真は善福寺山門。こんな不穏な眺めには、パトカーだってやってくるさ。は麻布山山頂からの眺め。
当時の善福寺警護役人の日記Click!が、昨年発見されて話題を呼んだ。

この記事へのコメント

  • 玉井一匡

    このマンション、見るたびに不愉快でついつい目をそらしてしまい、どこにあるかも考えたくなかったけれど、この写真を見ればますます不快の念はつのるばかり。高い所が大きければまわりに及ぼす迷惑はさらに膨らむ、それを承知で上に行ってから床面積を広げるという作り方は、上階ほど人気の高層マンションで、高く売れる部分の面積をできるだけ増やそうというあまりに卑しい心根。それを買おうという人間がいるのも情けない。
    ねじれ現象はこの国の常なのか、保守政党に寄生する連中がせっせと蓄積された文化の痕跡をこわし、彼らを蛇蝎のごとく嫌ったわれらが、むしろ伝統や歴史を大事にしろよと発言する。
    2005年12月09日 18:22
  • ChinchikoPapa

    玉井さん、コメントをありがとうございます。
    おっしゃるとおり、破壊側と旧守側が「ねじれ」て、逆立ちしているようなありさまに感じるのはとても皮肉ですね。環境保護も町殺し反対も、護憲も、「変えるな~守れ~!」と言っている側が、これから先行き、起きることの先読みができるアンチ保守な人々だ・・・というのも、日本ならではの現象なのでしょうか。
    でも、「攻め」るよりも「守る」ほうが、数倍むずかしいのではないか・・・と、最近感じることばかりです。壊すのはいともたやすく、守るのが至難のワザなのは、「資本の論理」が貫徹した世界だけの話ではないですね。すみません、ちょっとグチっぽくなりました。
    2005年12月09日 20:46

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