負け犬のシネマレビュー(1) 『ウィスキー』

 きょうから、わたしのブログに「負け犬さん」という間借り人ができた。負け犬さんは、プロの物書き(小説家)なのだが、「気になる映画の批評をすごく書きたい、・・・でも、そのためだけにブログやサイトを起ち上げるなんてまっぴらごめんでヤダ! 「トラスト基金」のタヌキもかわいいしClick!・・・Papaさんのブログに間借りさせてよ」ということで、おそらくブログ史上でも初の「間借りブロガー」とあいなった。(下線部は、わたし作ってます(><;☆\)
 お仕事がら、映画を試写会で観る機会も多いので、その中から「これは!」と思う作品を取り上げて随時批評を試みていくとのこと。映画の感想はもちろん、批評の感想などをコメントでお寄せいただければ、ご本人もとても喜ぶと思うしだい。では、はじまりはじまり・・・。
  ●
ありふれた人生が一瞬きらめく 『ウィスキー』(ウルグアイ/2004年)
 これ、たぶんロードショー公開初のウルグアイ映画である。ウルグアイなんて言っても、この国のナショナルチームのサッカーが攻撃的でおもしろいと知っているのは、南米リーグのファンぐらいだろう。ブラジルとアルゼンチンに囲まれた国という立地条件は、ヨーロッパでいえば隣国フランスにいいものぜんぶ持ってかれたベルギーみたいなものか。ま、そんな国の映画が昨年のカンヌ映画祭で、オリジナル視点賞&国際批評家連盟賞を受賞。いながらにして世界の料理が食べられて、世界の映画を見られる偉大な国、日本でゴールデンウィークに公開される。
 アメリカのバラエティ誌が「南米のアキ・カウリスマキ」と評しているように、美男美女は出てこない。しかも主人公は中年の男女。これといった事件が起こるわけでもなく、適度に長く生きてたら人生そんなもんだとわかるが、このめちゃくちゃテンションの低い映画を共同脚本・監督しているのが30歳の男ふたりである。前年『誰も知らない』でカンヌを騒がせた是枝裕和にしろ、『ユリイカ』の青山真治にしろ、老成したというか若年寄みたいな映画が得意だ。日本でいちばん近いのは、韓国の女優ペ・ドゥナを起用した『リンダ リンダ リンダ』が公開を控えている山下敦弘監督の『リアリズムの宿』。それの南米版といったところ。
 ドライバーズシートから寂れた景色は、どこの国にもある下町風景。一見廃屋と見まがう落書きだらけのぼろいシャッターを力任せに引っぱり上げると、懐かしさに手を叩きたくなる家内工業的世界が現れる。旧式の機械が数台、柱の手前に木の階段、ドアの奥が社長室兼事務所という具合で、壊れたブラインドを背にした初老の社長は父から譲りうけた靴下工場を、譲り受けたまま大きくもせず、潰しもせずに続けている。
 あと10年もすれば世界中の商売の場から消えているタイプの意固地で無骨な男だ。この男が亡母の墓を建て、兄とは違ってブラジルで手広く靴下工場をやっている弟が訪ねてくることになる。そこで、男は工場で長年自分を支えてきた女子従業員に夫婦のふりをしてくれと頼む。
 不器用な兄と社交的な弟。実際たいていの兄弟姉妹がそうであるように、弟(妹)は兄(姉)の失敗に学んで処世術を身に着ける。ふりとはいえ初対面の義姉に軽口たたく弟を、兄はおもしろくなさそうに無言で見つめる。コンプレックス、嫉妬、羨望、見栄、意地…血のつながった兄弟ならではの複雑な感情が少ないセリフと表情で交わされる。兄弟のあいだにいる女は、前述したカウリスマキの日本初公開作『マッチ工場の少女』がマッチではなく靴下工場に勤めて、そのままオバサンになったような印象だ。半ばあきらめつつ、自分を律し、夢みることもなく働いてきた女が中年になってはじめて自分を解放し、ささやかな贅沢をする…そんなせつなさがひりひり伝わってくる。それぞれ孤独な兄と、この女が中年になってはじめて経験するどきどき感に戸惑うのにくらべて、それなりに成功している弟のスマートさが、なんだかマヌケに見えるのがいい。 実生活ではどう見ても弟に軍配があがる(ハゲてるけど男前)はずなのに、映画になると、兄のほうが断然魅力的だ。やはり誰もが口には出せない気持ちみたいなものを胸に秘めていて、それを体現してくれる役者に重ねるからだろうが、ありふれた人生のなかにある一瞬のときめき。その記憶によって、人はその先もうんざりするほど続くありふれた日常を生きていけるのかもしれない。
                                               負け犬

『ウィスキー』公式サイトClick!
4月29日(金)~ 渋谷「シネ・アミューズ」にて公開予定

この記事へのコメント

  • エム

    写真の女性の後ろ姿、じんときますね。私の後ろ姿もあんな感じかも。

    若くてピチピチな女性も魅力的だけど、中年には若い女性にない魅力が
    あるんだ!と言えるように日夜努力したいものです。

    この映画、観に行きたいですね。これからもレビューを楽しみにしています。
    2005年04月15日 00:06
  • ChinchikoPapa

    負け犬さん、わたしもレビューを楽しみにしています。(笑)
    2005年04月15日 20:15
  • hedawhig

    エムさん、レビュー楽しみが増えましたね。
    映画館が出来たんです~見る時はデジャブーかしらと思いそう。
    きっと私のことですので、負け犬さんのご批評で満足しちゃいそうです。今夜は1本見ました、良い映画でした。 お婆には良質のご批評が何より♪
    でも批評の中に「タイトル」欲しいです、お婆には探すの一苦労です。
    2005年04月16日 03:27
  • ChinchikoPapa

    あっ、これはわたしがうっかりしてましたね。ブログのタイトルだけでなく、批評のタイトルまわりにも作品名を入れるべきでした。・・・ということで、さっそく入れてみました。次回からは、このフォーマットでいきますね。
    2005年04月16日 19:26
  • bakabros

    初めまして! 今日「ウィスキー」を観てきて記事をアップしましたが、負け犬さんの記事を読ませて頂いて、自分の記事には内容の説明が全くない事に今さらながら気づきました。
    ステキな映画でしたが、そのステキさを上手く書く事が出来ません。
    負け犬さんの文章に唸りました。読む人に見に行きたい!と思わせる文章を書けるようになりたいです。TBさせて頂きました!
    2005年04月20日 03:25
  • ChinchikoPapa

    ようこそ、bakabrosさん。負け犬さんの「大家」のChinchiko Papaです。(^^ゞ
    さっそく、こちらからもbakabrosさんの「試写会の帰りに」ブログへ、トラックバックをさせていただきました。負け犬さんは超多忙のご様子ですので、コメントまで書き込めるかどうかわかりませんけれど、ご本人は必ず読んでます。
    2005年04月20日 10:53
  • http://blogs.dion.ne.jp/culty/

    こんにちわ。
    この作品のハコボはちょっと不器用なだけで実はものすごくいい人であったりして・・・と想像してしまいます。
    「おまえのとこ、1部リーグにまだあがれんな」と劇中にそんな表現に出くわしますが、それはハコボのやさしさを示すメタファーと私は捉えたい。チームが弱くても応援し続けるサポーター。
    母親の面倒をずっと一人で見てきたわけですから、そろそろ何かいいことが転がってきてもいいのだが。
    人生は厳しい。
    2005年06月12日 16:48
  • ChinchikoPapa

    コメントをありがとうございました。「負け犬」さんのお奨め映画なのですが、わたしは多忙で、まだ観にいけないでいます。(^_^;(大家)
    2005年06月12日 19:51
  • 現象

    コメント&TB失礼します。そういえば山下敦弘も「日本のカウリスマキ」と呼ばれていたときがありましたね。どうしても不器用な兄ハコボに肩入れしてしまい、あのラストが辛かったです。
    2005年06月21日 20:01
  • ChinchikoPapa

    コメントとトラックバックをありがとうございます。こんなにたくさんの方にトラックバックをいただいて、「負け犬」さんも喜んでいると思います。またなにか、試写会で観た映画で気に入った作品があったら、原稿を寄せてくれるはずですので、よろしくお願い申し上げます。<(_ _)>(大家)
    2005年06月21日 20:11
  • 負け犬

    こんなにたくさんのコメント&トラックバックがいただけるなんて、正直ブログの力に驚いています。ありがとうございます。のんきで横着でいいかげんな殺したいよな私ですが、つまんねーとか言わずに、も少し熱心な映画ファンになりたくなりました!
    2005年06月23日 19:23
  • ChinchikoPapa

    負け犬さん、こんにちは。わたしのブログでは、この記事がトラックバック記録のダントツNo.1となっています。これを読んで、「ウィスキー観たよ」というわたしの知り合いもかなり多いですね。もう、大家冥利につきます。(笑) ・・・ということで、シネマレビュー(3)は近々アップ予定です。「負け犬のシネマレビュー」ファンのみなさん、お楽しみに!
    2005年06月23日 20:19
  • アヨアン・イゴカー

    >ありふれた人生のなかにある一瞬のときめき。その記憶によって、人はその先もうんざりするほど続くありふれた日常を生きていけるのかもしれない。
    深い言葉ですね。今読んでいる『かの子撩乱』に出てくる、かの子の愛人達の過去の回想に出てきます。かの子と一緒にいた時間が、最も充実していたと。
    2009年03月19日 00:15
  • ChinchikoPapa

    アヨアン・イゴカーさん、コメントとnice!をありがとうございます。
    その「ときめき」や「充実した時間」のただ中にいるとき、案外気づかず大切にすごさないことも多いと、わたしなどは反省しきりです。
    2009年03月19日 14:53
  • ChinchikoPapa

    こちらにも、nice!をありがとうございました。>kurakichiさん
    2009年11月13日 11:24

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