のべ2,500万人のご訪問ありがとうございます。

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 あけまして、おめでとうございます。本年も、どうぞよろしくお願いいたします。拙ブログがスタートしてから今年で20年めに入りますが、旧年の暮れに、これまでのご訪問者数がのべ2,500万人を超えました。20年余にわたり拙記事をお読みいただき、ありがとうございます。ssブログが3月に終了するそうですので、あと少しの間ですがこちらでお付きあいください。Seesaaブログへ移行する方が増え、だんだん寂しくなるssブログの年明けですが、きょうは拙記事を書いていて、ときどき受けるご質問について……。
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 「落合地域には、どんな人たちが多く住んでいたのですか?」と、ときどき訊かれる。また、「落合地域に住んでいた画家には、誰がいますか?」とか、「落合地域の作家や、文学関係者には誰がいたんですか?」とかもよく受ける質問だ。
 それにお答えして、いちいち説明するのがそろそろ面倒になってきたので、「この拙記事をご参照ください」とURLをお伝えするだけで済ませられる、怠けグセのついた不精なページを用意しておきたい。すでに拙サイトに登場している人物たちを中心に、まだ記事にしていない人たちを含め、思いつくまま列挙してリスト化しておきたいと思う。検索窓に名前を入力いただければ、いずれかの記事にひっかかるのではないかと思う。ただし、いまだ記事にしていない人物に関しては検索できないけれど……。
 もうひとつ、ここにリストアップした美術関連や文学関連の人々は、ごくごく一部にすぎないことをあらかじめお断りしておきたい。わたしが、いまだ気づいていない画家や作家は大勢いるだろうし、特に美術関連に限ってみれば、明治末から2025年の現代まで、一時滞在者を含めればおそらく1,000人をゆうに超えているのではないかと思う。
 さて、漠然と「落合地域」といっても、大きく分けて3つの地域に分かれる。「下落合地域」Click!(中落合・中井を含む江戸期の下落合村)、「上落合地域」Click!(江戸期の上落合村)、「西落合地域」Click!(江戸期の葛ヶ谷村)の3地域だ。ただし、厳密には江戸期の当時とは異なるエリアもあることをお断りしておきたい。たとえば、葛ヶ谷村の飛び地の田畑だった目白崖線下に拡がる「(字)御霊下」は、のちに「下落合5丁目」(現・中井1丁目)になっていたりする。3地域の特色をおしなべていえば、落合地域には全体にわたり画家をはじめとする美術関係者や、作家をはじめとする文学関係者、大学や教育機関の教授・教師などの“文化人”が、戦前から数多く住んでいた(現在も住んでいる)が、皇族や華族、大企業の経営者・役員、陸海軍の将官クラスの屋敷もあちこちに建っていた。
 美術関連と文学関連に絞れば、おおよそ下落合は「芸術派」の画家や作家たちが多く住み、上落合には「プロレタリア派」(アナキスト含む)の画家や作家たちが数多く住んでいたといえるだろうか。これには、昭和初期の上落合に全日本無産者芸術連盟(ナップ)Click!をはじめ、前衛芸術家同盟、国際文化研究所Click!、日本プロレタリア文化連盟(コップ)、日本プロレタリア作家同盟(ナルプ)、戦旗社Click!左翼劇場Click!、日本プロレタリア美術家同盟(ヤップ)、黒色戦線社Click!サンチョクラブClick!など、各種の左翼系芸術本部が多数設置されていた関係から、プロレタリア派の芸術家が集まりやすかったという事情がある。そのボリュームは、美術・文学の関連分野では膨大な人数になると思う。ちなみに、大正から昭和にかけ日本美術年鑑などを参照していると、洋画家に輪をかけて落合地域に多くのアトリエをかまえていたのが日本画家だったことに気づく。
 もちろん例外もあり、下落合に住んだ「プロレタリア派」の作家たち(たとえば片岡鉄兵Click!秋山清Click!)もいれば、上落合に住んだ「芸術派」の作家たち(たとえば檀一雄Click!吉川英治Click!)もいるし、下落合に住んだ画家に竹中英太郎Click!もいれば、上落合に住んだ林武Click!もいるように、いちがいに地域だけでくくることはできない。また、下落合から西落合、あるいは上落合から下落合など落合地域内をあちこち転居しているケースもあるが、話が複雑になるのでそのような人物はいずれかの地域に分類している。
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 各地域ごとに、思いつくまま目立つ人物を挙げると次のようになる。名前から拙記事へのリンクは高負荷なので、気になる方はサイドメニューの窓から検索いただきたい。なお、記事へ書いたのに漏れている芸術家もいると思うし、美術関連の〇〇が抜けてるよとか、文学関連の〇〇がいないとか、お気づきの点があればご教示いただきたい。下記の“名簿”は、あくまで記事に登場している人々、あるいはいまだ記事にはしていないが気になる人々、ときどき知人や読者から訊かれた人々……ぐらいの感覚でご覧いただければと思う。
  
(1)下落合地域
■美術関連
 中村彝、鶴田吾郎、大久保作次郎、満谷国四郎、佐伯祐三、鈴木誠、曾宮一念、安井曾太郎、里見勝蔵、前田寛治、小島善太郎、川口軌外、松本竣介、吉田博、吉田としを、吉田遠志、吉田穂高、金山平三、牧野虎雄、鈴木良三、鈴木金平、長野新一、有岡一郎、有岡好子、三上知治、椿貞雄、一木弴、南風原朝光、仲嶺康輝、山元恵一、笹岡了一、林明善、大城皓也、江藤純平、片多徳郎、小松益喜、竹久夢二、蕗谷虹児、甲斐仁代、中出三也、竹中英太郎、刑部人、島津一郎、伊藤応久、小山昇、林唯一、森田亀之助、水谷(近衛)忠麿、笠原吉太郎、二瓶等(徳松)、田口省吾、熊岡美彦、青柳暢夫、高橋五山、岡不崩、本多天城、奥原輝子、高木保之助、進來哲、島津良蔵、小林喜代吉、梶本恒子、緒方亮平、大内章正、一木弴、友田陽國、田中忠雄、武井直也、橘作次郎、森田但山、八木皎羊、井澤蘇水、永地秀太、新海覚雄、酒井亮吉、岡田七蔵、坂口右左視、田河水泡(高見沢忠太郎)、小谷津任牛、福田久也、戸田達雄、浮田克躬、中村忠二、阿部展也、夏目利政、志賀直哉(文士廃業時)、上原桃畝、渡辺玉花、海洲正太郎、手塚緑敏、笠尾浩道、小山硬、藤井将太郎、一ノ瀬万里子、森山隆平、丸野豊司、川村勇、貝原浩、遠藤ふみ、伊勢正義、堀潔、彼末宏、三井高義、坂手譲、大久保婦久子、村田丹下……(他多数)
■文学関連
 吉屋信子、林芙美子、十返千鶴子、十返肇、九条武子、会津八一、松居松翁、武者小路実篤、真杉静枝、外山卯三郎、高群逸枝、矢田津世子、舟橋聖一、船山馨、片岡鉄兵、秋山清、辻山春子、安倍能成、龍膽寺雄、中井英夫、土屋文明、池谷信三郎、萩原恭次郎、小野十三郎、大泉黒石、宮地嘉六、沖野岩三郎、板垣鷹穂、板垣直子、伊藤貴麿、気駕君子、中原綾子、丹羽文雄、帆足理一郎、佐藤義美、森山啓、伴敏子、竹田助雄、佐藤義美、新津澄子、宮下安太郎、津村節子……(他多数)
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(2)上落合地域
■美術関連
 林武、林重義、村山知義、住谷磐根、吉岡憲、今西中通、八島太郎(岩松惇)、飯野農夫也、本多京、三浦東三、矢橋公麿、小林和作、大村麿紅、中村善策、土岡泉(春郊)、小泉勝爾、東山新吉、關田華堂、大塚鳥月、田中針水、園部邦香、吉田卓、桑原清明、松本俊喬、江見岬樹、山口耕司、遠藤紫園、桜井慶治、菊地秀一、戸川ふみ子、加藤充久……(他多数)
■文学関連
 辻潤、村山籌子、宮本(中条)百合子、大田洋子、林房雄、中野重治、中野鈴子、蔵原惟人、鹿地亘、尾崎一雄、川口浩、佐々木孝丸(兼俳優)、尾崎翠、吉川英治、松下文子、川路柳虹、壺井栄、壺井繁治、神近市子、山田清三郎、上野壮夫、小坂多喜子、藤森成吉、立野信之、久坂栄二郎、槙本楠郎、武田麟太郎、江口渙、森本薫、野川隆、大江賢次、今野大力、平林彪吾、芹沢光治良、今野賢三、貴司山治、黒島伝治、富小路禎子、小宮山明敏、那珂孝平、永田一脩、半田良平、武田雪男、藤沢桓夫、畔上賢造、細野考二郎、堀田昇一、松本義一、水野成夫……(他多数)
  
(3)西落合地域(昭和初期以前は葛ヶ谷地域)
■美術関連
 柳瀬正夢、松下春雄、平塚運一、鬼頭鍋三郎、大内田茂士、料治熊太、大澤海蔵、日野耕之祐など
■文学関連
 千家元麿、平林たい子、飯田徳太郎、瀧口修造など
  
 ちなみに、目白通りの北側には長崎に造形美術研究所Click!(のちプロレタリア美術研究所)があったせいか、昭和初期にはプロレタリア派の画家・美術家たちが多く通ってきた。上落合の八島太郎(岩松惇)Click!が、マンガ講座Click!の講師として教えていたのも、下落合に住んだ小林多喜二Click!の妻・伊藤ふじ子Click!が通ったのも同研究所だ。また、プロレタリア画家だった岡本唐貴Click!松山文雄Click!黒澤明Click!(のち映画監督)なども通ってきている。
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 小熊秀雄Click!による詩「池袋モンパルナス」における象徴的な、長崎各地に点在する「長崎アトリエ村」群Click!の貧乏で尖鋭的な画家たちも、1935年(昭和10)以降には長崎へ集合している。下落合の目白文化村Click!には、「のらくろ」の田河水泡(高見沢忠太郎)Click!も住んでいたが、戦後、目白通りをはさんだ向かい側の椎名町(1964年より南長崎)には、ご存じのように手塚治虫Click!や寺田ヒロオ、藤子不二雄、石ノ森章太郎、赤塚不二夫Click!、鈴木伸一、水野英子など、トキワ荘を中心とした「マンガ村」が形成されていた。

◆写真上:下落合の丘から眺めた、富士山の山頂に沈む夕陽(撮影:武田英紀様)。
◆写真中上:下落合の道筋に多い森林の風景。
◆写真中下:上落合のちょっと気になる風景。
◆写真下:西落合のいつでも印象的な風景。